シーン41:0がマイナス1に
時間を少しだけさかのぼって、霧崎が雨宮家に行かなくなった最初の日。つまり、霧崎が響と雨の中散歩をした次の日。
霧崎は朝のホームルームが始まる前、雨宮の席まで行った。雨宮は席についていた。
「雨宮さん、今日からしばらく雨宮さん家行かないから」
「うちに来ない?なんで?」
「うん、それはつまり――」
「なるほど、あたしの料理に文句があるってんだね。霧崎、ひどいやつだなあ」
「いや、そんなこと言ってない」
「ううう」雨宮はわざとらしい泣きまねをはじめた。「霧崎、あたしの料理がまずいならまずいってはっきり言えばいいじゃないのさ。いつもはおいしいおいしいって食べてくれるから、美緒ちゃん、勘違いしちゃってたじゃないのさ。すごく傷ついたよ。うぇぇぇん」
「いや、雨宮さん?教室でそういうことするのは止めようよ。ほら、みんな注目するし」霧崎は周りを見渡した。「なんかおれが泣かせてるみたいになるじゃないですか」
「なに?なにがあったの?」「霧崎が雨宮泣かせてんだってよ」「ええ!そんなのありえないじゃん」「霧崎って怖い奴だったんだ」「ああいう奴ほど、キレたらなにするかわからないっていうよな」実際に周囲がざわざわと騒がしくなってきたようだった。
「うぇぇぇえん。霧崎くんの馬鹿ぁ」
「あれ、ほんとに泣いてんじゃねえの」「えー、マジ?」「止めた方がいいんじゃない?」霧崎と雨宮を取り込むように、人垣ができていく。
「………」これ以上クラスの注目を集めることは耐えられない、と、霧崎は雨宮の手をつかんで、一目散に教室を飛び出した。
文芸部部室まで駆けていき、雨宮と一緒にその中に入る。ここなら誰にも邪魔されずに話すことができる。
走ったので、二人とも息が切れていた。
「ったく、雨宮さんは!冗談は、時と場合を考えてくれないと」膝に手をついて息を整えながら霧崎が言った。
「ちょ、馬鹿なのはそっちだよ!」雨宮も机に手をつき、息を整えながら返した。「いきなり二人でバックレたら、それこそ噂になるって!」
「なに言ってんだよ。泣きまねなんかしたそっちが悪いに決まってるだろ。ああ、ぼくの評判ガタ落ちだ」
「あんたの評判なんて、元から底辺だよ」
「『暗い』から『凶暴でなに考えてるかわからない』になっちゃったじゃないか」
「0がマイナス1に変わっただけだろ」雨宮が呟いた。「だいたい、あの場は『じょぉだんでぇす☆』の一言で済んだのにさ。二人して逃げたから、もう取り返しつかなくなったじゃねえか」
スピーカーからチャイムが鳴り出した。ホームルームの始まりだ。
「ほら、これで二人仲良くホームルームふけることになるんだろ?まったく、あたしだって印象急落だよ」
「………」霧崎は考え込んだ。
ある男子がある女子を無理やり外に連れ出して、二人ともホームルームの間不在。
級友たちはなにを想像するだろう。
「…。おれはとんでもないことをしでかしたんじゃあ」
「やっと気づいたか」
「ま、まずいよこれ。今後の学校生活に大変な支障が!!!い、今まではおれは空気みたいな存在だったのに!!!」
「空気て、自分で言うなよ」
――霧崎くんの妄想
霧崎は教室で、自室に座っている。机に顔をうつぶせて、寝たふりをしている。そんな霧崎の耳に、クラスメイトのひそひそ話が聞こえてきた。
「ほんと霧崎って暗いよねー」
「あいつ暗いだけじゃないんだって。実はマジ怖い奴なんだって」
「こないだ3組の誰かボコボコにしたって話だぜ」
「中学んとき喧嘩で停学食らったことあるって」
「おれは院入ってたって聞いたことあるけど?」
「うわっ。前科持ちかよ。マジ近寄りたくねーな」
「ねー。なんでクラスに居んのかな」
「早く学校止めてくんね―かな」
「おい。んなこと言うとやべーって。霧崎の耳に入ってたら、お前ボコられんぞ」
「確かにな。怖えー。怖えー」
霧崎はうつぶせたまま、涙を流していた。「そうだ、死のう」
「はーいはい!」雨宮はパンパンと手を叩いた。「妄想そこまで。さすがにそんなことにはならないから!てか死ぬなよ」
「ごめんなさい雨宮さん。おれは大変なことをしちゃったみたいだ」
「大丈夫だよ。最悪、職員室に呼ばれるだけで」
「っっっ!!!………、あの、ほんとにごめんなさい」霧崎は消え入りそうな声をだした。
「はいはい。もういいから。それより、ちゃんと理由聞かせてもらえますか?うちにこれなくなる理由」




