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シーン40:膝に顔をうずめて

「他に考えられないからね」響は椅子の背もたれに体を預けた。回転椅子だ。「兄さんと散歩した日から、兄さんはうちに居ついてる。あの日なにかあったとしたら、わたしとの散歩しか――」

「推理としては適切だな。でも、散歩中になにかあったっけ?」

「わたしの悩み事」響は椅子を霧崎の正面に向けた。「が心配で、うちから離れられないんでしょう」

「なかなか面白い推理だな」

「点数は?」

「90点」

「10点分は?」

「たまには、家に居つくのも悪くないと思ってさ。ま、だいたい正解だ」

 響はふうと息を吐いた。やっぱり、自分がこの兄に気を使わせていたんだ。この気弱で頼りない兄の意思を、邪魔してしまっていたんだな。

「兄さん、ごめん」

「なにが?」

 響は椅子を回転させて、机の方を向いた。机の上もマンガやら小説やらで埋まっている。これでは机を使えないだろう。少しは片づけさせなければ。

 振り向くと、兄は傍らの文庫本を手にとって開いていた。

「行きなよ」響は言った。「わたしのことなんか、構わないで」

「うん。わかった考えとく」

「考える気なんてないくせに」たぶんこの兄は、ずっと家に寄り付く気だろう。わたしがちゃんと相談するまでは。わたしが相談しようと思ったときに、側にいられるように。

 迷惑でもあり、有り難くもある、と響は思った。


「兄さん、わたし――」

「ん?」

 響は椅子の上に体育座りするようなかっこうをしていた。膝を両腕で抱えこみ、ギュッと力を入れる。

「部活、辞めようと思って」

「……うん、そっか」霧崎は本から顔を上げなかった。

「べつに練習がきついとか、レギュラーになれないのが嫌だとかじゃなくてさ」

「うん」

「部内でいじめがあってね」

「………、うん」

「その子にパス出さないとか、雑用全部押し付けるとか、そんなことがあって」

「……うん」

「わたしは加害者でも被害者でもないんだけど、すごく嫌気が差しちゃって」

「……そか」

「ああそうだ、見損なわないでほしいんだけど、いじめられてる子を見捨てるんじゃなくて、その子はもう辞めちゃってるから」

「そか」

「もういじめはなくなったんだけど、嫌になっちゃったというか。空気がね、なんか、居られないんだな。悪いことをしてたのに、なにもありませんでした、っていう空気が。すごく、吐き気がする」

「……うん」

「――ほんとはね、もっと早く辞めたかったんだけど、バスケ、好きだったからさ。――なにも見なかったことにして、なにもなかったことにして、なんとか、続けられないかと思ってたんだけど――。だめみたいだ」話終えると膝に顔をうずめて、声を上げずに泣き始めた。

「……そか」霧崎が本から顔を上げた。「響が辞めると決めたんなら、そうしな」

 それから響は長い間泣き続けた。その間、霧崎はなにも言わずに響の側にいた。


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