シーン39:兄の部屋
それからしばらく、霧崎は雨宮家に行かなかった。雨宮家どころか、学校からまっすぐ帰ってきて、一歩も家を出ない。
それが自分のせいかもしれないと響が思ったのは、霧崎が雨宮家に行かなくなってから一週間が経過したころだった。その日も霧崎は自宅で夕食を食べていた。
最近の兄さんが一週間もうちで夕食を食べるなんて、なかった。もしかしたら、わたしに気を使っているんだろうか。
「兄さん」響は顔をあげ、ちょうど食卓を挟んで向かい合っている霧崎の方を見た。霧崎は存在していることが申し訳ないと言わんばかりに肩を落とし、うつむいてただ料理ばかりを見ている。
響に話しかけられた霧崎は、少しだけ頭を動かしたが、結局上がりきることはなく、また料理を食べることに戻ってしまった。つまり、無視されたことになる。
みじめさを全身から醸し出す兄の様子に、響はむかっ腹を立てたが、同時にこの前の明るい兄の様子を思い出した。兄は、いつも暗いわけではない。
(…たぶん、あの時はたまたま兄さんの虫の居所がよかったんだ。あの時が特別で、今が普通なんだ)
その考えが正確でないことは、響はわかっていた。しかし、誰かを悪者扱いする気にもなれない。
「鋼兄さん、あとで部屋行っていい?」予想通り、兄はなんの反応も示さない。「というか、行くから」
夕食を終えたあと、自室に戻り宿題に片付けた。あまりやる気はでなかったが、なんとか終わらせることができた。時計を見ると一時間ほど経っていた。もういいか。そもそも、時間を潰すために宿題をやったのだ。
部屋を出て、兄の部屋へ向かった。さて、どういう反応があるかな、と思いながらノックをすると、意外にも「入っていいよ」という元気な声が聞こえてきた。
「うわっ」響はドアを開けると小さな悲鳴をあげた。霧崎の部屋は散らかっていた。
「まあ、適当に座っていいよ」
「……座るとこないじゃん」
霧崎の部屋には勉強机があり、机の前に椅子があり、その他は足の踏み場もないほどの本の山だった。部屋の全体に本が散らばっており――おそらく霧崎が読んではそこらに放り投げるを繰り返した功績だろう――本と本の間に響の足が埋まっているとしか、表現しようがないほどの状況だった。他にあるものは、PS2とテレビくらいだ。
「片づけたらたいした量じゃないよ。マンガばっかだし」
「…片づけなよ」響はため息をついた。
霧崎は座っていた椅子を響に渡し、自分はそこらにある本をどけてスペースを作って座った。
「で、なんか用?」響は椅子に座っているので、霧崎は見上げながら言った。
今の兄さんは明るいな、と響は思った。「まあね。ちょっと訊きたいことがあってさ」
「なにを?」
「兄さん、なんで最近うちでご飯食ってんの?」
「響、ひどい」霧崎は涙を浮かべる真似をした。「そっか、響までおれをいらない子扱いするんだな」
「あのねー。兄さん、そういうことじゃなくて」
「わかってるよ」泣きまねを止めて霧崎は真面目な顔をした。「なんで雨宮さん家行かないのかってんだろ。別に、理由はないよ」
「彼女とけんかした?そんな様子には見えなかったけど」響はコンビニで兄と、兄の彼女らしい人と会ったことを思い出しながら言った。
「彼女じゃないし、けんかもしてない」
「じゃ、やっぱりわたしのせいだね」




