シーン38:あてもなく
雨宮とはコンビニで別れ、霧崎と響は並んで歩いていた。
雨はまだ降り続いていた。雨が霧崎と響の間に、傘の分だけ距離を作っていた。
「正直、兄さんに彼女がいるとは思わなかったなあ」響は柄を中心に傘を回した。「なんかおかしいとは思ってたけど」
「ちげえよ。雨宮さんは彼女とかじゃない。友達だ」
「別に隠さなくてもいいのに」響はなんとなく笑った。この兄の前で笑うのは久しぶりだ。兄の前でなくても、久しぶりかもしれない。「さっきも紹介してくれなかったし」
「そんな時間、なかっただろ?」
「彼女、忙しいの?」
「そういうわけじゃないけど……」
「夕飯食べに行くくらいだから、かなり親密なんでしょ?」
「どうかな、なんとなく、成りゆきで行ってるだけだよ」
「うちが嫌いだから?」響は冗談っぽい調子で言った。
「かもなあ」霧崎も冗談っぽくなるように返した。
「もうすぐ家だな」と、隣を見ると、響が立ち止まっていた。「響?」
「ねえ兄さん」
「なに?」
「もう少し、歩かない?」
「別にいいけど…」
家の前は素通りして、あてもなく歩いた。ただ道なりにまっすぐ行き、突き当たれば気の向いたほうに曲がる。
しばらく二人は無言で歩いた。
「公園だ」霧崎は足を止めた。「行くあてもないし、寄っていい?」
「泥で靴が汚れるよ」と言いながらも、響は霧崎についていった。
実際、園内の地面は雨でぬかるんでいた。ところどころに、大きな水たまりもできている。よほど上手く歩かないと、靴を綺麗なままにしておくことはできないだろう。
「懐かしいな。響ともよくここで遊んだな」
「そうだっけ……?」
「そうだよ。ブランコしたり、鬼ごっこしたり。覚えてない?」
「うーん……。なんとなく」
「もう何年ぐらい前――うわっ」話している途中で、霧崎はぬかるみに足をとられて転んでしまった。「痛ってー……」
「あーあ。靴どころか、服まで汚れちゃったね」響がため息をついた。「兄さん、相変わらず鈍くさい……」
「でもさ、いいもんだよ。こうやって汚れてみんのも。昔は泥だらけになって遊んだもんだ」
「今いくつなんだよ、もうっ」響が手を貸して、霧崎を引き起こした。
「まったく、今日は濡れる日だなあ」
「………、鋼兄さんは頼りないよね。ほんとに、頼りない……」
「そうだな」
「なんでそんなに頼りないの?」
「なんでって……。でも、響には頼りになる姉さんも兄さんもいるだろ?」
「うん」
「なにかあったら、姉さんや兄さんを頼ればいい」
「けどさ」響は声を強めた。
「姉さんにも菫兄さんにも言えないことは、どうすればいいのさ!」
「響?」
「ごめん、なんでもない」
「……」
「ごめん……」
「なんか、あった?」
「………うん。けど、なんでもないから」
「そっか」霧崎は微笑んだ。「けどさ、ぼくになら言えることなら、言えよ?なにもできないかもしれないけどさ」
「兄さん、笑うんだね」
「なんだよ。そりゃ、ぼくだって笑うよ」
「だって、見たことなかったから」
「そうかな」
「そうだよ」
霧崎がくしゃみをした。
「そろそろ帰ろっか。兄さん、そのままじゃ風邪ひくし」
「おれは大丈夫だよ。馬鹿は風邪ひかないって言うし」
「自分で言わないでよ」
霧崎は、あははと笑った。
兄さん、明るくなったな、と響は思った。




