シーン37:上から三番目
夜降る雨は幻想的だ。闇で雨を見ることができない。にもかかわらず、傘を通して伝わってくる衝撃は、周りの地面に当たって弾ける音は、確かに雨の存在を主張している。その存在と非存在のせめぎ合いは、かえって自分自身の存在をも不確かにしてしまうらしい。ふと自分は夢幻の世界にいるような錯覚を覚えてしまうことがある。
霧崎は前を歩く雨宮の傘を見ながら、そんなことを考えていた。霧崎が遅れているのに気づいて、雨宮が振り返る。
「どうした?」
「いや、なんでもない」
夕食後、霧崎が帰ろうとすると、「あたしも行くよ」と雨宮も立ち上がった。
「なんで?」
「いや、コンビニ行くだけ。シャー芯切れちゃってさ」
というわけで、霧崎と雨宮は一緒に歩いていた。霧崎家の方角にあるコンビニまでの同行だ。
「なんか不思議な感じだなあ」
「なにが?」
「雨宮さんとこうして並んで歩いてるのが」
「そんなもん、朝よくあることじゃんか」
「夜はないからなあ」
「そりゃそうだ」
それきり黙って歩いた。雨の日は傘が邪魔してしゃべりにくい。
コンビニの明かりが見えてきた。この辺りは住宅街で、ネオンもないため暗かった。そんな中にあるコンビニは、場違いなくらいに目立って見えた。
用はなかったが、霧崎も雨宮と一緒にコンビニに入った。雨のせいか、他に客はいない。
雨宮はかごを取りさっさとシャーペンの芯を探しに向かった。目的のない霧崎は雑誌コーナーに行ってマンガでも立ち読みすることにする。
自動ドアが開く音がした。誰か客が入ってきたようだが、霧崎はマンガに目を落としたまま顔を上げずにいた。
「ああ、そういやこれ今日発売だっけ」いつの間にか隣に来ていた雨宮が、霧崎の手元を覗き込みながら言った。
「買ってんの?」
「毎週ね。わざわざ出てきてよかったなあ。買い忘れるとこだった」雨宮は積まれている雑誌の上から三番目を取ると、かごに放り込んだ。シャーペンの芯以外にも、ジュースとスナック菓子がいくつか入っていた。ついでに買うのだろう。
「じゃ買ってくるよ」雨宮がレジに向かったので、霧崎も立ち読みを止めた。
入り口近くまで行き、雨宮を待つ。このコンビニにはレジが二つあり、向こうの側のレジでも客が精算をしていた。さっき入ってきた客だろう。
「待たせたね。では帰りますか」精算を終えた雨宮が霧崎の元にやってきた。
霧崎は、うん、といっただけで動こうとしなかった。雨宮は霧崎の視線を追った。どうやら、向こうのレジにいる客を見ているらしい。
「どうした霧崎。一目ぼれか?」向こうの客は、中学生くらいの女の子だった。綺麗にそろえた黒髪を肩まで伸ばし、中学校の制服を着ていた――あれは我が母校の制服だな。顔は、かわいい部類に入れていいだろう。
「……霧崎、ああいう顔が好み?」
「ちげぇよ。あれは――」
女の子も精算を終え、こっちを向いた。女の子が霧崎を認めたとき、少し驚いたように「おお」と目を丸くした。
「やっ、偶然だな、響」
「やあ兄さん、今帰り?」
「兄さん………?霧崎、もしかしてこの子…」
「うん。こいつはぼくの妹の霧崎響だよ」




