シーン36:お姉さんぶりたいらしいな
雲の向こうにある太陽が、沈みかける時刻になった。雨雲のせいで薄暗かった世界が、一層暗さを増していった。
霧崎はあくびをした。楊はあのあとすぐにフラフラと自室に帰ってしまった。霧崎は広いリビングにポツンと残されている。
暇を潰す手段はいくらでもあったが、霧崎はなにもしなかった。ただぼんやりしていた。ぼんやりすることは好きだった。
そうして時計の音だけを聞いていると、ただいま、という雨宮の元気な声が玄関のほうから響いてきた。一家の大黒柱のご帰還だ。
「ただいま。霧崎、もう来てたんだ」リビングに顔を覗かせた雨宮が言った。おかえり、と霧崎は返した。
「他に誰もいないね」
「放置されてます」
「買い物はしてきてくれた?」
「大丈夫」
雨宮は荷物を置くために、一度自分の部屋に戻っていった。
また一人になったな、と思っていると、ドアから美久が顔をだした。
「おにいちゃん、来てたんだ」美久は嬉しそうに笑った。
「お邪魔してます」霧崎はわざとらしい礼をして見せた。「おねえちゃんも帰ってきてるよ」
「うん。さっき部屋を出てきたときに会ったよ」美久は霧崎の前まで来て座った。「おにいちゃん一人だったんだね。ごめんね。さびしかった?」
「いや、一人は慣れてるからさ」
「ふーん?でも、さびしかったらいつでも言ってね。おにいちゃんはさびしがりやさんだから、美久がいつでも相手したげるからね!」
どうやら美久ちゃんはお姉さんぶりたいらしいな、と霧崎は思った。美久ちゃんは末っ子だから、誰かの目上の位置に立って見たい気持ちはわからないでもない。「でも、一応言っとくけど、おれ、美久ちゃんより年上だからね」
「そうだね。でもおにいちゃん弱そうだもん」
「……」
「ほら、そうやってすぐすねる」
「はいはい、じゃあ好きにしてくださいよ」と霧崎はソファに寝転んだ。こういう動作も、ふてくされたワルガキみたいだな、と霧崎は思った。
リビングのドアが開いて雨宮が入ってきて、「さぁて、いっちょやりますか!」と気合を入れながら台所の方に向かっていった。これから晩ご飯を作るらしい。
「雨宮さんもよくやるなあ」学生をしながら、雨宮さんは毎日家事もこなしているからな。
「うん。おねえちゃん頑張ってるよね」美久は少し声が小さくなった。「あたしも、もっとがんばらないとなぁ」
「どうしたの?下向いて」
「ううん、なんでもないよ」
「そういや、今日は部屋でなにしてたの?いつもはこっちにいるけど」
「本を読んでたよ」
「ああそっか。前に図書館で借りたからな。読み終わったら、返しに行かないとね」
「ちがうよ。図書館で借りたやつはもう読み終わって、今は別のを読んでるんだよ」
「早いな。今はなにを読んでるの?」
「シャーロック・ホームズ」世界一有名な探偵だ。
「なるほど、ジャンルにこだわりはないんだな。今度なにか貸そうか?」
「えっ、いいの?!」美久は目を輝かせた。「うーん、なにがいいかなあ。あ、おにいちゃんのお家行っていい?」
「え、なんで?」
「だって、おにいちゃんがなに持ってるのかわからないし……」
「ごめん美久ちゃん。本を貸す話は、なしになった」
「どうして?」
「今度うち火事になる予定だから」霧崎は適当なことを言った。「うちが全部焼けちゃって、本も焼けちゃうから、貸すことはできない」
「えええ!おにいちゃんのお家焼けちゃうの?」霧崎のほらを美久は信じたようだった。「どうしよう!おにいちゃんの住むとこがなくなっちゃうよ!」
「……、美久ちゃん。もう少し、人の言うことを疑おう」
「どうしよう。おにいちゃんが大変だよ。どうしよう!どうしたらいいかな?!どうしよう!」
「悩んでくれるのはありがたいんだけどね……」
「あっ、そうだ!おにいちゃんをうちで飼ってあげればいいんだ!」会心のひらめきだというように、美久はニコッとした。
「飼う………?」
「そしたら、ちゃんと世話してあげるからね、おにいちゃん!」
「ついにおれペット扱い?!」




