シーン35:会話がぶつ切り
靴置き場で確認すると、まだ雨宮は帰っていなかった。リビングに顔をだしてみると、雨宮どころか誰もいない。みんな自分の部屋にいるらしい。
そんなこともあるのか、と思いながら、台所に行き、スーパーで買ったものを仕分けした。ジュースや肉などは冷蔵庫に、スナック菓子はお菓子置き場に。頼まれていた洗濯用洗剤は、洗濯機の横に置いた。
それからリビングに戻ってソファに座った。いつもなら美羽か美久のどちらかがいて、霧崎の相手をしてくれるのだが、今は誰もいない。
(もう客って感じでもないか)
そもそも、誰かいたとしても、もう誰も霧崎のことを特別扱いしない。当然そこにいる空気のようにして扱われる。さびしい気もするが、うれしいことでもあった。
「とはいえ、一人じゃすることもないな」
なんとはなしに窓を見上げてみた。雨はまだ降り続いている。雨は好きだ。静かに心が洗われるような気がする。陽気なのは、あまり好きじゃない。
リビングのドアが開いたので、霧崎はそちらに目を向けた。そこから出てきたのは、意外なことに楊だった。
「ああ、霧崎さん。来てたんだ」楊は台所の方に行き、冷蔵庫からジュースを取り出し、机の前に座った。ちょうど、机を挟んで霧崎と正対する場所になる。
「珍しいですね。他に誰もいないなんて」
「ほっとかれてるんだ」
「信頼されてるんですよ、それだけ」楊はジュースを一口すすった。「霧崎さんもなにか飲む?」
「ああ、いや、自分でとってくるよ」霧崎は腰を上げると、冷蔵庫に行き好きなジュースを持ってきた。
「もう完全にうちの人ですね」
「ん。ああ」『お客様』が好き勝手に冷蔵庫をあさることは普通ないだろう。「確かにね」
「昨日来なかったですよね。なんか用事でも?」
「いや、ぼくは別に毎日来てるわけじゃないから」
「来てくれた方が、ありがたいです。美羽も美久も喜ぶし、姉貴も喜ぶから」
「……そうかな」楊の率直な物言いに、霧崎は照れた。誰かに必要とされることなど、今までにあまりないことだった。
それにしても、楊くんと会話できるようになったな、と霧崎は思った。いつもなら途中で楊の注意がそれて、会話が成立しなくなっているところだ。
「でもそれなりに節度は持ちたいと思ってるからね。毎日来るってわけにはいかないよ」
「………」
楊はジュースを見つめたまま停止していた。
「ちょっと会話が続いたと思ったら、これかよ……」案の定、今回も会話不成立となってしまった。どんな学校生活送ってるんだろう、この子。
「楊くん、好きな教科は?」
「…」
「もう宿題はやった?」
「…」
「部活入らないの?」
「…」
「趣味は?」
「…」
「小説とか読まない?」
「…」
霧崎は適当に話しかけてみた。もちろん応答は期待してない。むなしい行為だが、なにか反応があればもうけものだ。どうせ暇な身なのだ。
「好きな娘とかいる?」
「霧崎さんは?」急に返事があって、びっくりした。まったく、楊くんのスイッチ切り替えポイントはわからない。楊のほうを見ると、ジュースに口をつけているところだった。活動再開だ。
「霧崎さん、人で遊ばないでほしいな」
「そもそも、急に会話をぶつ切りにする人が悪いと思うな」
「集中力の切り替えが上手く行かないんですよ」楊は少しだけ、苦いものを噛んだような表情をした。「急にどっかに集中がいっちゃって、他のものに注意がいかなくなる」
「自分でコントロールできないの?」
「残念ながら」
「そっか」それは生活していく上で大変だろう。
「ま、なんとかやってますよ。家族に迷惑かけるのは、申し訳ないと思ってるけど」
「迷惑なんてかけてないと思うけど?」
「会話がぶつ切り」
ああ、と霧崎は納得した。「確かにそれは少し迷惑だな」
「でしょ?」楊は軽く笑った。
「で、さっきの質問だけど、霧崎さんの好きな人は?」
「質問したのはぼくが先だろ?」
「年功序列で、霧崎さんが先に答えるんですよ」
「なんだそりゃ」
「やっぱ、姉貴ですか?」
「……、答える義務はないと思うな。楊くんの反応があるかなーと思ってした、テキトーな質問なんだから」
霧崎は楊を見た。楊はジュースを見つめたまま止まっていた。
「また停止かよ!!!」




