シーン32:楽しかった?
霧崎はハンバーグを箸で一口分に裂き別けて、口に運んだ。「やっぱり雨宮さんは料理上手いね」
「誉めてもなんもでねえぞ」雨宮はそっけない。
「霧崎さん。こう見えても、姉貴嬉しがってるから」
「ちょ、楊、変なこと言わないでよ」
「ほんとのことじゃん」
図書館から美羽と美久を雨宮家に連れ帰ったあと、霧崎はいつものように晩御飯をご馳走になっていた。ご馳走になるとはいうものの、料金はきちんと払ってある。雨宮曰く「友達割引」で、月一万円払うことになった。とはいえ、毎日来ているわけではない。
いつまで続くかな、とは、霧崎も雨宮も思っていることだ。美羽と美久は先のことまで考えてはいない。楊はずっと続くのではないかと考えている。
「今日はありがとね。二人を連れてってもらって」食べながら、雨宮が霧崎に礼を言った。
「たいしたことしてないよ」
「二人とも、楽しかった?」雨宮が妹たちの方を向いた。
「楽しかったよ!」目に☆マークを浮かべて元気に答えたのが美久。
「あんまり」やれやれといった調子で首を振りながら小さく答えたのが美羽。
「予想通りの答えだね」
「美久ちゃんのはしゃぎっぷりは予想外だったけどね」霧崎が口を添えた。「糸の切れた凧だったな」
えへへ、と美久は恥ずかしそうに頭をかいた。
「小学校の図書館もあんなもんでしょ」
「ううん。小学校のはもっとずっと小さいよ」
「なにか借りたの?」雨宮が訊ねた。
「うん。『長いお別れ』って本」
「なっ!」書名を聞いて霧崎が飲んでいた茶を吹いた。
「へえ、知らない。どんなの?」雨宮は霧崎の方を向いた。
「…ハードボイルドだよ。小学生が読む本じゃないな」霧崎は机を拭きながら美久の方を向いた。「好きなの?ハードボイルド」
「うん。かっこいいよね。マーロウって!」
「霧崎、まーろうってなに?」
「主人公だよ、『長いお別れ』の。世界一有名なハードボイルド探偵」
「マーロウはね、とってもかっこよくて、強くて、皮肉屋で、」
「いや、説明はいいよ」美久が嬉々として説明を続けようとするのを、霧崎が手で制した。美久ちゃんがハードボイルドとは。人は見かけによらないってことか、と霧崎は思った。
「んなことよりさー」お茶をコップに注ぎながら、美羽がしゃべりだした。「あねき、図書館でハガネが女の人と話してたぜ」
「へえ?」
「それもかなり親しそーに。抱き合わんばかりにイチャイチャしちゃってさあ」美羽はニヤニヤと雨宮を見た。
「へえ……」雨宮は真顔で霧崎を見た。「へえ、霧崎、彼女いたんだ………………」
「いやいやいや、雨宮さん、美羽ちゃんに騙されちゃだめだ」霧崎はかぶりを振って、雨宮に説明した。図書館でしゃべっていたのは妹で、そもそもそんなに親しくしてない。
「ハガネがお兄ちゃんだなんて、見えねーよな」
「えー、おにいちゃんはおにいちゃんだよお」美羽の茶化しに、美久が抗議した。
「いや、確かに下がいるようには見えないけど…」雨宮は美羽の意見に賛同した。2対1で、美羽が優性だ。
「ていうか、美久もおどろいてたじゃん。ハガネに妹がいるってわかったとき」
「それは…まあ…えへへ」美久は自分の意見を引っ込めた。3対0で美羽の圧勝となった。
「…みんな、好き勝手言いやがって」
「けど、あたし霧崎のことなんにも知らないね。妹がいるってこと初めて知ったし。他にきょうだいいるの?」
「まあね」
「上?下?」
「両方」
「へえ。けっこう大家族なんだね。うちと一緒だ」
「うん。…まあ家族の話なんていいじゃないスか」
霧崎が家族の話をするのを嫌がっているらしいことに、雨宮は気づいた。「…家族のこと話すの嫌?」
「どちらかといえば」霧崎はピースを返した。
「じゃ、やめておこう」
気づけば全員食事を終えていた。「デザートとってくるね」といい、雨宮は台所に向かった。
「ねえ、おにいちゃん」呼ばれて振り向くと美久が袖を引っ張っていた。「おにいちゃんは美久のおにいちゃんだからね」
家族の話で顔色を変えた自分を、美久ちゃんなりに気を使ってくれているのだろう。お兄ちゃんじゃないよ、という言葉は仕舞っておいた。
「そうそう。あたしのあにきでもあるしな」美久と逆側の肩を、美羽が叩いてきた。それは初耳だが、つっこまないでおく。
「ぼくの兄貴でもある」声をした方を見れば、楊が無表情でこぶしを突き出し親指を立てていた。無表情なので少し怖い。
「みんな…、ありがたいな」
「なあなあ、ハガネはあたしと美久と楊のあにきなわけだけど、あねきにとってはなんになるんだ?」
「そんなもん、決まってるでしょう。…あ、雨宮さんちょうどいいところに。一緒に答えてよ」
「なに?」
「ぼくと雨宮さんの関係」
「なんだ。そんなの…」
せーので合わせて
「ともだち!」




