シーン31:ついに保護者にまでなったか
「おにいちゃん、これでいい?」美久はたった今書き込んでいた紙を、霧崎に見せた。霧崎は一応確認するため、ざっと目を通す。書き落としはないようだ。
響と別れて二人と合流すると、美久が借りたい本があると言い出した。まあ、図書館にくればなにか借りたくなるのは当然沸き起こってくる欲求だろう。
市立図書館で本を借りるためには、利用者カードを作らなければならない。だから美久は今、利用者カードを作るための紙に必要事項を書いたところだ。
ちなみに、霧崎もこの利用者カードを作っている。ここで本を借りることはほとんどないが、あれば便利かと思って作っておいたのだ。それはいい。問題は、そのカード、すべてひらがなとカタカナで書かれていることだ。名前の欄ですら、『きりさきはがね』とひらがな表記なのだ。小さい子どももみな同じカードを持つためだろうが、子ども扱いされているようで、愉快ではない。
とかなんとか思いながら紙を確認していると、「ん?」と霧崎は声を上げた。
「保護者のところが『きりさきはがね』となっているけど?」霧崎は紙を示しながら美久に訊いた。ちなみに、保護者との関係の欄は『おにいちゃん』だ。
「うん!」
「おれは美久ちゃんの保護者じゃないよ」
「でも、おねえちゃんここにいないから」
別にいなくてもいいだろうと思ったが、霧崎はそれ以上抵抗しなかった。やれやれ、ついに保護者にまでなってしまったか。
「ほら、ハガネ、これでいいか?」美久の隣の美羽も、紙を霧崎に見せた。美羽はもちろん本を借りたいなどと言いださなかったが、霧崎の勧めで一応作ることになったのだった。
「ちゃんと書けてる」霧崎は美羽に渡された紙を確認しながら言った。「けど美羽ちゃん、やはり保護者がぼくになっているのだけど」
「おう。問題ないだろ?」
「もうそれはいいとしておこう。ただ、関係を『下僕』と書くのは止めてくれ」
「問題ないだろ?」
「おおありだ!!!」書き直させた。
作ったカードで、美久が本を借りる手続きをしてから、図書館を出た。もう陽が沈んでいて、世界は灰色に包まれていた。霧崎が腕時計に目をやると、六時を少し回ったところだった。
広場の入り口を出る前に、霧崎は立ち止まってテニスコートの方を見た。霧崎と並んで歩いていた美羽と美久は驚いて一緒に止まった。
「一体どうしたんだよ」
「…知り合いの、自転車があるんだ」霧崎が見ていたのは、テニスコートの前の自転車置き場だったということになる。
霧崎は歩き始めた。二人もそれにしたがって、歩きはじめる。
「知り合い?あー、あれだ。さっき話してた女の人か」美羽にとっては中学生も『女の人』だ。
「うん。そういうこと」
「なんの話?」美久が美羽に訊いた。
美羽が霧崎から隠れるように、美久の耳に口を近づけた。「さっき、ハガネが女の人と仲よさそうに話してたんだよ」
「お友達かな」
「ちげーよ美久。男と女が仲良くお話してんだからさ、これは浮気だよ、浮気」
「うわき?」
「全く、あねきがいるってのに、ハガネはひでーやつだよなあ」
霧崎が美羽の頭に軽くチョップをした。
「いてっ!」
「美羽ちゃん。密談はもうちょっと上手くやろう」
「な、なんだよ。浮気してたこと、あねきにバラしたっていいんだからな!」
「美羽ちゃんはどうしてもぼくと雨宮さんをつき合わせたがるな」霧崎はため息をついた。「そもそも、あれは妹だ」
「えっ」と美羽と美久は一瞬止まった。それから驚いた。
「いもうとぉ?!」
「おにいちゃん、きょうだいいたんだ?!」
「え、なんでそんなに驚くの?」
「いや、なんとなく一人っ子だと思ってたから…」美久は語尾を濁した。
「ハガネはさー、頼りねーじゃんか」美羽は率直だった。
「……あぁ。傷ついた」




