シーン30:休憩スペース
「ほら」霧崎は響に、自動販売機で買ったコーラを手渡した。自分も同じ物のプルトップを開ける。
響は「サンキュ」と言って飲み始めた。霧崎のおごりだ。
市立図書館には閲覧スペースとは別に休憩スペースが設けられており、そこにはいくつかのベンチと自動販売機が備え付けられている。
霧崎と響は今その休憩スペースにいた。ここ以外では、話ができないためだ。
「兄さんは本好きだったよね」ベンチに腰掛けている響は、なぜか立ったままの霧崎に話しかけた。「図書館にいてもおかしくないか」
「響はそうでもないよね」霧崎はコーラを口につけたまま会話をする。
「別に。たまにはこういうとこ来てもいいじゃん」
「そりゃ悪くはねーよ」
「兄さんはこうやって、たまに図書館とか寄ってんの?」
「学校帰りに?」
「学校帰りに」
「寄らない。高校に図書館あるし。そこで充分」
「そっか。そうだよね」
「部活はどう?バレーだっけ?」
「バスケ。どうということはないよ。いつも通り」
「楽しい?」
「兄さんは部活楽しい?」
「部員おれだけだからなあ」
「気楽でいいじゃん」
「楽しくはないよ」
「さっき本探してたみたいだけど、なにかいいの見つかった?」
「読みたい本はあったけど」
「借りるの?」
「どうかな」
「どうかなって」
「こういうのは、縁なんだよ。縁があれば借りるし、縁がなければ借りない」
「ふうん。よくわからない」
「確かに」
「響、今日、部活は?」
「休み。ていうかサボり」
「そっか」
「うん」
霧崎はコーラを飲み干した。響はだいぶ前に飲み干していたらしい。
霧崎が空き缶を受け取って、ゴミ箱に自分のと一緒に捨てに行った。
戻ってきた霧崎に響が言った。「兄さんも座りなよ」
長いベンチの端に霧崎は座った。響は反対側の端に座っていた。
「兄さん、今日はどうして来たの?」
「知り合いの付き添いで」
「友達?」
「どうかな」
「兄さん、最近うちでご飯食べないよね」
「うん」
「今日一緒に来た人のうちで食べてるの?」
「………」
「まあ別にあたしはいいんだけどね」
「だろうね」
「まあ隼なんかはさびしがってるけどね」
「姉さんと、兄さんは?」
「なにも――言ってないよ」
「だろうね」
兄さん、と響が言おうとしたが、その言葉は休憩スペース入り口から聞こえてきた言葉にかき消された。
「ハガネー!ここにいたのか」それは小学生くらいの女の子の声だった。
「美羽ちゃん。図書館では大声出さない」霧崎はその子の方を向いて言った。
「んなこといったって、さっきから美久と探してたんだぜ」
「ん。悪かったね」霧崎は腰を上げた。
「兄さん」響は立ち上がった兄の姿を見上げた。「今日も夕飯、うちで食べないの?」
「うん。隼には、悪いな。今度、謝っとくよ」
霧崎は、霧崎の知り合いらしい小学生くらいの女の子の方に行ってしまった。
響は霧崎の後ろ姿を見ていた。兄さんは――「うちのこと、嫌い、だよね」と口の中だけで言った。




