シーン3:登校中
次の日にも雨が降った。この雨は先の暴風雨のような大雨ではなく、降っている時と降っていない時がめまぐるしく変わるような雨であった。
雨宮はその日の朝玄関で靴紐を結んでいる時、自分の肩先に柔らかな髪が当たっているのに気がついた。目を上げると小学生くらいの少女が、可愛らしげな眼を細めて雨宮を見つめていた。
「おねえちゃん、なんで傘二つ?」とその少女が聞いた。その言葉の通り、雨宮は自分用に二つの傘を用意していた。「その黒い大きい傘、誰の?」
「友達のだよ」雨宮は立ち上がった。「忘れ物はない?今日お姉ちゃん帰り少し遅くなるかもしれないけど、だいじょうぶ?なんかあったら電話するんだよ」
「おねえちゃんは心配性だなあ」
一緒にドアを出て、鍵を閉めた。傘を差して二人並んで歩き始める。
「今日の晩御飯なに?」
「んーっと、なにがいい?」
「カレー」
「あー、カレーしばらく作ってなかったからなあ。オッケー任せといて」
「ねえおねえちゃん。そのお友達って男の人?」
「友達?」
「さっき友達に傘を借りたって」
友達?と雨宮は少し考え込んだ。「んー?まぁそうだね。友達っちゃあ友達か」
「どんな人?」
「変なやつ。あ、ちょうどあそこにいる人みたいな体格の…」雨宮は前を行く制服姿の男子を指差した。「………霧崎だ」
その男子は雨だというのに傘も差さずに歩いている。猫背で、肩から下げたカバンの重みに振られているかのようにフラフラと頼りない歩みである。
「霧崎!」雨宮は前をゆく霧崎に聞こえるように大きな声を出した。霧崎は立ち止まって振り返った。
「おはよう」
「…おはよう」霧崎は聞こえるか聞こえないかというくらいの声で呟いた。
「聞こえねえ」雨宮は霧崎とは対照的に声を張り上げた。
「おはよう」
「もっと大きく」
「おはよう」
「声を張らんか」
「おはよう。…うっせ」
「ああ?」
「いえ、おはようございます雨宮さま」
「やればできるじゃねーか」
「お、おねえちゃん?」
雨宮は傍らの妹がきょとんとしているのに漸く気がついた。
「あれ、どうしたの美久?」
「い、いやなんかいつものおね―ちゃんと雰囲気違うなーって」
「そ、そうかなー」
などと言っている間に霧崎はさっさと歩き始めてしまった。
「ちょっと待たんかぃワレェ。おんどれは友達ほっといて自分だけ学校行けるような薄情な男やったんかい」
おねえちゃん怖い、と怖がる美久はほって置かれて、雨宮は駆けていって霧崎を張り倒した。
「もう少し手加減してくれるとありがたいんだけど」霧崎は後頭部を押さえ少し涙目になっていた。
「自業自得よ」
「ところで雨宮さん訊ねたいんだが、あそこでドン引きしている麗しげな少女は雨宮さんのなんなんだい?」
霧崎が指差した先には、ごめんなさいごめんなさいとうわごとのように繰り返す美久の姿があった。
「ちょ、美久どうしたの?何か怖いことでもあった?」
「…雨宮さんは鏡でも買ってくるといいと思うよ」霧崎はため息をついた。




