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シーン29:あたたかな場所

「わあああああ☆☆☆」

 入館約30秒後、美久が歓喜の声を上げた。図書館の全貌をなんとなく見渡せる場所まで来た瞬間のことだった。

 入館前の霧崎の注意のおかげか、ボリュームは控えめだったが、その声は高いコンクリート作りの建物全体に響き渡った。

 声に驚いた人々が一斉に霧崎たちの方を振り返った。霧崎もびっくりして美久の方を向く。

 美久は喜びに震えんばかりの表情をしていた。目は☆マークが入っているかのように輝いていた。

 図書館とは、なんて魅力的な場所なんだろう、と美久は思った。

 本棚がたくさんある。本棚の林だ。ずっとずっと向こう側まで、並んでいる。

 その本棚には、本がぎっしりと詰まっている。

 本、本、すごい、本がいっぱいだ!

 ああ、ここはなんて場所だろう!

 しばらく我を忘れて図書館の全容を眺めていたらしい。美久は肩を叩かれているのに気がついて、その方向を見上げた。そこには霧崎の困ったような表情があった。

「美久ちゃん?」

「おにいちゃん、すごいね!!!」

 美久は体がうずいて仕方なかった。本棚が、本が、自分を優しく手招きしているように感じる。早くそこに飛び込んでいきたい。

 そこはきっと、あたたかな場所だ。

「見てきていい?」

「………いいよ」

 美久ははじかれたように走り出した。

 後ろから霧崎の、走っちゃだめだ、という言葉が飛んできて、すぐに早足に変える。

 そうだった、ここは公共の場なんだ。自分勝手な行動は、とっちゃだめだ。

「嬉しそうだな………」霧崎はつぶやいた。すぐそばにいる美羽に、「美羽ちゃんも嬉しい?」と訊いてみた。

「いや、全然」

「だよなあ」

 自分も本が好きだが、初めてここに来た時でも、あんなふうに喜ぶことはなかった。

 図書館であんなにもキラキラとした表情ができることを、霧崎は少しだけうらやんだ。

「なんだよ、美久。はしゃいじゃってさ…」美羽は先ほどから霧崎にしがみついていた。動く気配はない。

「美羽ちゃんも見て回ってきなよ」

「え?う、うん………」

「少なくとも、本は襲いかかってくることはないよ」

「わかってるよ、そんなこと」

 美羽はおそるおそるといった様子で、歩き始めた。あまり本に対して免疫がないんだろうな。

 対称的な姉妹だ。


 霧崎も久しぶりなので、少し見て回りたかった。といっても、霧崎の興味があるのは小説だけだ。図書館には多種多様さまざまなジャンルの本が存在してるが、霧崎にとって図書館=小説だった。とりあえず文庫コーナーに足を向けた。

 文庫コーナーに行くと、とりあえず全体を眺めることにした。最も左上から日本人作家のあ行の作家が並べられ五十音順で続いていく。日本人作家は中ほどの本棚で終わり、次の右隣の棚の左上から、外国人作家がやはり五十音順で並べられていた。

 霧崎にとって、本は友人みたいなものだった。話すことはできないが、そばで佇んでいてくれるような存在。人間とは違う。

(こんなんだから、おれは暗いんだろうな)

 そんなことを考えながら、文庫コーナーの端、外国人作家の最後まで見ていった。当然のことだが、それらのほとんどは読んだことのない作品だった。

 世の中には、知らない本が多い。全部読もうとすると、どれくらいの時間がかかるんだろうか。

 世の中の本を全部読了するなんて、生涯かけたって不可能なんだろうな。

ひとつなにか手にとってやろうと思い、日本人作家の辺りまで戻ろうと思った。

「――兄さん」

背後から声がした。

 聞き覚えのある声だった。それは美久の声でも美羽の声でもない。

 霧崎は振り返って声の主を確認した。中学生くらいの少女の姿がそこにあった。

「やっぱり兄さんだった……」

「……(ひびき)も来てたんだな」

 それは霧崎の妹、霧崎響だった。


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