シーン25:最長記録更新中だ
雨宮は洗い物をしていた。水道から水が流れっぱなしになっている。止めようか、どうしようか。もうすすぎだ。そのままでいいだろう。
いつもより一人分多い食器。たいした手間ではない。
そういえば、昨日は霧崎が洗ったんだったな。皿洗いの担当はやつにしてやろうか。代わりに、食費を少しまけてやろう。仕事があったほうが、あいつも返って気が楽なはずだ。
流れ続けている水に泡のついた皿を近づける。泡が流されていく。裏も流して、水切りに置いていく。見る間に、流しに積まれていた皿が片付いていく。雨宮にとって、家事は手馴れたものである。
全部終えて、蛇口を締める。さて、これからなにをしようか。すぐ横の冷蔵庫からジュースを取って、部屋に帰って宿題か。気が重い。
と思っていると、台所の入り口に人の気配がした。
「姉貴」
見ると、それは楊だった。雨宮は驚いた。楊が部屋から出てくることは、用があるとき以外は珍しい。
「霧崎さん、もう帰ったの?」楊はリビングを覗きながら言った。リビングにはもう誰も残っていない。
「帰ったよ」
「美羽と美久は?」
「部屋」
台所で立ち話もなんなので、雨宮は楊をリビングにいざなった。
雨宮はソファに座り、楊はテーブルの前のいつもの位置についた。雨宮は持って来たジュースを楊の前に置く。
楊とリビングでサシになったのは初めてかもしれない。
「で、何か用?」雨宮が訊いた。
楊は目の前に置かれたジュースを手にとった。プルトップを開けて、飲む。雨宮はしばらく見ていたが、楊は飲んでは一息つき、飲んでは一息つきを繰り返していた。
「やーなーぎ?」雨宮は少し不穏な空気を出した。
楊は今雨宮に気づいたかのような声を出した。「ああ、姉貴。なんか用?」
「………………ぐすん」
「ああ。いや、兄貴はまだいるのかと思ってね」楊はジュースをテーブルの上に置いた。「ここで遊んでるのかと思って」
そっか、その確認だけだったのか。けど、楊が他人に興味を示しているのだから、喜ぶべきことだろう。と思ったところで、雨宮は思いついた。
「楊、あんたみんなと遊びたかったんじゃない?」
この言葉の効果はどうかと窺うと、楊はジュースを見つめたまま動いていなかった。いや、動かないのはいつものことだ。
「特にそんなわけでもないけど」楊は呟くように言った。
今の言葉はどう解釈すべきかな。わざわざ裏を読むほどのことでもないか。
「まあいいや。霧崎はこれからも来るから、遊びたかったらいつでも遊べるよ」
「毎日?」
「いや、さすがに毎日はどうかと思ってんだけどね。どうなるかわかんないけど、しょっちゅう来ると思うよ」
ほんとにどうなるのかな。同級生が毎日うちに来るってのは、どうなんだろう。そうそうあることじゃないよなあ。
「楊が嫌だったら、やめるよ」
「別に嫌じゃないよ」たぶん現在、最近の楊との会話の最長記録更新中だ。
「姉貴がよければそれでいいよ。霧崎さんは、悪い人じゃないと思うし」
「確かに悪いやつじゃなさそうだね」雨宮も霧崎のことを思い浮かべる。人のよさそうな笑顔。すぐ誰かに騙されそうな顔だ。誰かを騙すことは、生涯ないであろう顔だ。
さて、そろそろ戻ろうかな、といいつつ楊は腰を上げた。
「楊。たまにはあんた、こうやって出てきなよ」
雨宮の言葉は無視して楊が提案した。
「姉貴。霧崎さんが来るのはいいとして、ひとつだけ条件」
「うん。なに?」
「子作りは計画的に」
リビングのテーブルの上を空き缶が飛んだ。




