シーン21:おかえり
ドアノブが回される音がして、ドアが開く鋭い音が響いた。すぐにドアの閉まる鈍い音がして、後から錠を閉めるガチっという音が追いかけてくる。
「ただいまぁ!」と聞き覚えのある元気な声が家中に響き渡った。
美羽も美久もうれしそうに身を弾ませる。霧崎は周囲の空気が変わったように感じた。
雨宮が帰ってくることで、雨宮家は色を変える、と霧崎は思った。モノクロだった家に、鮮やかな三原色が加わるといっても過言ではないだろう。
「おにいちゃん、うれしそうだね!」美久が霧崎に言った。
自分がうれしそう?と霧崎は不思議に思う。たぶん、おねえちゃんが帰ってきたうれしさで、美久ちゃんの見える世界が華やいだせいで、そう見えるだけだろう。
「ニヤつきやがって。やっぱハガネのお目当ては、あねきか」美羽も美久と同じようなことを言った。まったく、この子はすぐ人をカップルにしたがる。
雨宮がリビングに顔を見せて、もう一度「ただいま!」という。人の心を穏やかにさせる笑顔だ。
「お帰りおねえちゃん!」
「あねき、お帰り!」美久と美羽が応える。
霧崎も言おうとして、止まった。客である自分が『おかえり』という言葉を使うのはおかしいのではないだろうか。そもそも雨宮家にこんなに親しんでいるのがおこがましいことなのだ。
「霧崎?どうした?」考えこんでいる霧崎を不審に思って、雨宮が声をかけた。
「いや、なんでもない」そんなにこだわることでもないだろう。というより、オタオタしていて、雨宮のひっぱたきが飛んできたら損だ。
「雨宮さん。おかえり」
「ただいま、霧崎」
雨宮は提げていた買い物袋をキッチンに置いて、リビングに戻ってきた。
「今日は副菜作るだけだから楽ができるわあ」雨宮はソファに座ってくつろぎ始める。「――って美久、その怪我はどうしたの?」雨宮は美久のひじとひざを覆っているガーゼを見て驚いた。
「転んじゃって……。でも、おにいちゃんが手当てしてくれんたんだよ」美久は怪我の経緯を説明した。
「ふうん。じゃ、ありがとうねえ。霧崎」妹の手当てを親身になってしてくれた霧崎に、雨宮はあらためて礼を述べた。再三の感謝の言葉に、霧崎は相変わらず照れて頭を掻くだけである。
「じゃ、一仕事だったね。美久の手当てに、洗濯ご飯風呂掃除と頼んじゃって」
「え?」雨宮の言葉を聞いた瞬間、霧崎は固まった。
「だから頼んでたじゃない?あたしが帰ってくるまでに、家事全般やっといてって」
「…」
「霧崎くん?」雨宮は不気味なオーラを発散させかけながら、霧崎に微笑みかける。
「雨宮さん。ぼくは決して忘れていたとかそんなんじゃないんだ。ただ、美羽ちゃん美久ちゃんと遊んでたりしたりして、思い出す暇がなかったというか。そもそも客に家事をやらせるってどーよっていうか…」霧崎はあたふたと弁解を始める。
「言い訳はいい。さっさと動く!」
「はい!」霧崎は大慌てで立ち上がった。
美羽と美久は楽しそうに二人のやり取りを見ていた。




