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シーン20:おつかいとかじゃなくてさ

 真っ赤になっている傷口を白いガーゼが覆った。テープで止めて、傷口は完全に見えなくなる。

 見えなくなったからといって、痛くなくなるわけではないのだが、美久は安心した。

「おにいちゃん、ありがとう」美久は真っ先に霧崎に礼を言った。霧崎の手当ては不器用で痛かったが、美久は嬉しかった。

 霧崎は返事をせず、うつむいて頭を掻くだけだった。

「照れてんのか?」霧崎の様子に、美羽が茶々を入れる。

「美羽ちゃんも楊くんもありがとう」霧崎の指示に従って手当てをしてくれた二人にも礼を言う。

「こんなもんなんでもねーよ」美羽が答えた。

 楊はなにも言わずに部屋を出て行こうとする。

「楊くん」と美久が呼び止める。しかし楊は足を止めない。

「ありがとうね」美久は楊の背中に、もう一度感謝の言葉を浴びせる。

 ドアが開く音がして、閉まる。楊はもう自部屋に帰ってしまった。

「おにいちゃん、ありがとうね」

「それはさっきも聞いたよ」

「ちがうよ。楊くんが部屋から出てきてくれたから」

「あたしからも礼を言うよ。楊が用もないのに部屋から出るなんて、ないことだからさ」

「用だよ。充分。妹の怪我は」霧崎は救急箱を片付けながら言った。

「…ていうか、楊くんはちゃんと学校行ってんの?」

「行ってるよ?」

「いや、今の言葉を聞く限りでは、誤解しそうだから。楊くんはひきこもりなのかと思った」霧崎は呟いた。

「おにいちゃん、今日はどうして来たの?」美久がさっきから思っていた疑問を口にした。「今日もおねえちゃんのおつかい?」

「おつかいって。小学生じゃあるまいし」霧崎は肩を落とす。

「ハガネにピッタリじゃねーか」美羽は霧崎を指差して笑う。

「……、おつかいとかじゃなくてさ…」

 ――今日の放課後、霧崎は帰り支度をしていた。

 このあと雨宮家に夕飯を食べに行かなくてはならないが、一旦自宅に帰るつもりだった。夕飯にはまだ早い。雨宮家には後で行く方がいいだろう。あまり、他人の家に長い時間いるのは悪い。

 などと思っていると、席まで雨宮がやってきた。

「霧崎、悪いけど、あんた先にうちに行っててくれない」

「雨宮さん、『先に』の意味がいまいちわからないのだけど?」

「あたしは今日の買い物があるから、先にうちに行っとけって意味だよ」雨宮は理解の遅い霧崎に憤っているようだった。

「いや、ぼくは夕飯時に行けばいいだけじゃない?七時くらいかな」

「なんで?」

「雨宮さん、『なんで』の意味がわからない」意味がわからない、を繰り返してしまった。

「あんたは先に帰って妹たちの相手してろって言ってんだよ。そんくらい、さっさと理解しろよな」

「うん、でも」

「でもじゃない!」――

「………、ということがあって」霧崎は説明を終えた。

「いや、意味わからないよ」その説明は、美久にはわからなかった。

「わけわかんねーな」美羽にもわからなかった。

「うん。ぼくにもわからん」霧崎自身すらわかっていなかった。

「うーん。まあでもいっか。今日もおにいちゃんと遊べるし」美久は嬉しそうに笑った。

「うん。どうでもいいだろ。今日もハガネで遊べるからな」美羽も美久に同意した。

「美羽ちゃん………、『で』はやめてよ……。ハガネ『で』、は」


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