シーン19:妹が怪我したのだから
玄関には靴が二足置かれている。一足は小さな女の子のもの。これは脱いだまま散らかされている。無頓着な人間が脱いだ靴に違いない。もう一足は男子のもの。霧崎よりも大きいかもしれない。
靴を見ただけでも、雨宮家が二人姉妹でないことはわかったわけだ。霧崎は、雨宮家が雨宮と美久だけの二人姉妹だと断じた自分のうかつさを少しだけ恥じた。
「こんにちは」一応霧崎は家の中に言った。背中に美久を負っている以上、必要のない挨拶かも知れない、と思った。
「ただいま」痛さに大きな声がでないのか、美久は小さく言った。
誰もでてこないし、美久に確認している場合ではないので、霧崎はさっさと上がりこんだ。歩きながら、まずはなにをすべきかと考えた。
「傷口を洗わなきゃいけないかな」わざと美久に聞こえるように呟いた。痛さに怖がるだろうが、避けるわけにもいかない。
案の定、聞いた美久は体をこわばらせた。
「おにいちゃん」
「美久ちゃん、風呂場は?」霧崎は美久の怖がりに気づかないふりをする。
美久は霧崎の質問に答えない。
まずリビングまで行くと、美久をソファに下ろす。リビングには美羽が寝ていた。霧崎は美羽を起こす。
「ん、ん、ハガネじゃねーか」美羽は眠そうな目をこすった。
「美羽ちゃん、救急箱用意しといて」霧崎は美羽に指示をしてから、美久の方を見る。美久は怖がっている顔をしている。
「おにいちゃん」傷口を触るのは怖い、と目で訴える。霧崎は微笑むだけでなにも言わない。
美久が見ていると霧崎はリビングを出て行ってしまった。怖がっている自分に呆れて出て行ってしまったのかもしれない、と美久は思った。でも怖いものは怖いのだ。
「美羽ちゃん」美久は救いを求めて美羽に呼びかける。
「美久。なんで救急箱がいるんだ?」美羽はまだ寝ぼけまなこだった。
霧崎はリビングを出ると楊の部屋の前まで行った。さっきの靴からすると、楊は在宅しているはずだ。
自分だけでも美久の手当てはできる。しかし部外者である自分だけでやっていいものだろうか、と思う。いや違う。妹が怪我をしたのだから、楊も兄としてなにかするべきだと思うのだ。
それは大きなお世話というものかもしれないが、霧崎はそこまで考えてはいなかった。
ノックをする。予想通り返事がない。霧崎はドアノブを回して開ける。プライバシーを考慮して、中の様子がわからない程度に開けた。
開けた隙間から大声を出す。
「楊くん」たぶん最近でいちばんの大声だ。
さすがの楊も霧崎に気づいて、ドアの前まで行く。
「あんたは――」とだけ言って楊は止まる。霧崎が何者だったのか思い出そうとしているらしい。
「来て下さい」楊の反応を待っているわけにはいかないので、霧崎は楊の腕をつかんで無理やり引っ張っていく。楊は意外にも無抵抗で霧崎に着いて行った。なにも考えていないだけかも知れないが。
「楊!」
「楊くん!」リビングに顔を出した楊を見て、美羽も美久も目をみはった。楊がリビングに姿を見せることはあまりないのだろう、と霧崎は思った。
「美羽ちゃん、救急箱は?」霧崎が見ると、美羽は座っているだけで、まだ一歩も動いていなかった。
「まあいいや。じゃ、まずは美久ちゃん。傷口洗いにいこっか」霧崎は美久に微笑みかける。
「美羽ちゃんと楊くんは救急箱用意しといてね。消毒液と、軟膏とかあるといいかな。ガーゼとテープも」霧崎はテキパキと指示をする。
美久も美羽も驚いた。霧崎はもっとなよなよした性格かと思っていた。
「おにいちゃんかっこいい」
「やればできんじゃねーかハガネ」
姉妹は口々に霧崎を賞賛した。
「兄貴」楊が珍しく口を開いた。「風呂場でエロいことしないでね」ボケだった。
「するか!」




