シーン15:なにも知らない
仕方なく雨宮もリビングのテーブルの前に座った。今日遊んであげたとしても、いつも構っていない罪滅ぼしにはならないだろう。それでも、雨宮は今日一日だけでも妹につきあう気になった。
「おねえちゃん、いいの?」美久は窺うように雨宮を見た。この幼い子に気を使わせなければならない自分を、雨宮は情けなく思う。
「姉貴は無理しなくたっていいんだよ。姉貴の代わりにこいつがいるんだから」美羽は霧崎の首根っこをつかむ素振りをする。美羽も雨宮に気を使っているのだろう。
「二人とも、逆効果だよ」霧崎は誰にも聞こえないように呟いた。
「雨宮さん、ぼくとしては雨宮さんが宿題をやって、それをぼくにみせてくれるという形が最良なのぐふっ」
霧崎の発言の途中で雨宮のボディブローが飛んだ。「自分でやれ」
珍しく遊んでくれる雨宮に、美羽も美久も嬉しそうだった。やはり、本当は姉に遊んでほしかったのだろうと霧崎は思う。自分になついているのは、たぶん雨宮の代替なのだ。雨宮が忙しくなければ、自分なんかよりも姉の方になつくに決まっている。
でも――
「雨宮さん」トランプを手にとり思案中の雨宮に霧崎は話しかける。
「なに?」雨宮はトランプに目を向けたまま答える。
「あんま無理しない方がいいよ」霧崎もトランプに目を落としたまま言った。
「なにを?」
「さあね」霧崎ははぐらかしながらゲームを始めた。雨宮は怪訝そうな顔をしていた。
夜九時を過ぎるころになって、美羽も美久もそろそろ寝る時間になった。美久があくびをしたのが契機となってお開きとなった。
「ではそろそろ帰りますかなあ」霧崎はのんきな声をあげた。まるで気の置けない親友の家にいるかのような声だった。
親友――ではないだろう、と雨宮は思う。まだ霧崎のことをなにも知らない。霧崎も、雨宮のことをなにも知らないにはずだ。
なぜこんなに自分は霧崎と親しくしているのだろう。理由は?
わからない。たぶん、そんなものはない。…、そういうものなのかもしれない。親しくするのに理由はいらない、か。
霧崎は窓の方を窺った。雨はあがっているようだった。辺りには雨の上がったあとの冷ややかな空気が立ち込めていた。
霧崎は立ち上がって、隅に置いたままのカバンとバッグを肩にかけた。その重みに、いつもながら大きく背筋を曲げてしまう。なぜこんなに多くのものを学校に持っていかなければならないのだろう、といつも思う。もっと軽くなればいいのに。
「だいぶ引き止めたようで、悪かったね」雨宮が言った。
「悪いと思うんなら明日宿題を見せてもらえると嬉しいんだけど?」
雨宮は肩をがっくり落とした。「…ちゃんとやってこいよ?」
「おにいちゃん帰っちゃうの?」
「泊まっていけよハガネ」眠そうな目をこすりながら、美羽と美久が言った。霧崎へのなつき具合は半端ないようだ。
「さすがにそういうわけにはいかないよ。ねえ、霧崎」妹たちに呆れながら、雨宮は霧崎のほうを窺った。
「…ご主人様にいわれちゃあ」霧崎が目を輝かせた。
「さっさと帰れ!」




