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シーン13:下僕じゃねえよ

 楊はリビングに座っている雨宮を見て、「カレー?」と聞いた。雨宮は一言「だよ」と応えた。

 姉の言葉を受けて、楊はキッチンに行き、自分の分の夕食を仕度した。リビングまで運び、いつも自分が座っている位置に座る。

「美羽と美久は?」妹たちがいないことに気づいて、姉に質問する。楊を呼びに行ったんだよ、という言葉を飲み込んで、雨宮はため息をつく。この弟から、その質問が出ただけでも良しとしなければならない。

 ――とはいえ、楊は薄情というわけではないのだ。ただ少し不注意なだけだ、と、雨宮は思っていた。

 やがて美羽と美久が戻ってきて、さっきまで自分が座っていた位置に座った。霧崎は――とみると、いつもより深く肩を落として、大儀そうな足取りで元の席に戻っていた。

 ようやくこれで全員集合である。

「じゃ手を合わせてー」雨宮が音頭をとる。

「いただきます」全員で唱和したといいたいところだが、やはり霧崎は言ったか言わないかくらいの声しか出さなかったようだ。

「でさあ」相変わらず霧崎にべったりくっついたままの美羽が、霧崎に話しかけた。「あねきとハガネは、いったいどーゆう関係なんだ?」

 霧崎は目の前の料理を食べながら答える。「友達」

「友達に晩飯まで振舞うかねー」美羽は追求の手を止めない。「しかも男だぜ。男」

「美羽ちゃんは人生経験が少ないからわからないんだよ」霧崎が悟ったようなことを言い始めた。

「は?」

「友達ってのはだね、相互の深い信頼関係で成り立っていてですね、相手が困っていたら助け合う、友達が宿題を忘れていたら見せてあげる、友達が鉛筆を忘れたら貸してあげる、友達が借金で困っていたらお金をあげる、だから、友達に夕飯振舞うくらい、普通のことだよ」

「金はあげねえだろ!」雨宮が霧崎の言葉につっこんだ。「あんた、友達いるの?」

「んなもん、いたら教室で寝たふりなんかしてねえよ」

「んなやつが友達論語ってんじゃねーよ」雨宮はため息をついた。「それに、寝たふりってなんだよ。お前暗すぎだよ」

「あたしが高校生なら、おにいちゃんの相手してあげられるのになあ」美久が言った。ああ、いい妹だ。

「……、いや。別に、休み時間に無駄な体力使わなくていいし。友達なんて必要ねえし」

「あんたは授業中にも体力使ってねーだろうが!」ったく、やせ我慢言いやがって。

 そんな話を四人でしていると、今までカレーに集中していた楊が顔を上げた。手を止めて、霧崎の顔をじっと見ている。霧崎も視線に気づいて楊の方を見た。

「…」

「…」

 楊も霧崎も、お互いの顔を見たままなにも話さない。霧崎は緊張でしゃべれないのだろう、と雨宮は思った。楊はたぶんなにも考えていないのだろう。

「あんた誰?」先に沈黙を破ったのは楊のほうだった。やっとかよ、というツッコミを、雨宮は心の中だけにとどめる。霧崎がどう反応するかに興味があったからだ。

「………」霧崎はうつむいてなにも言わない。いいかげん対人に慣れればいいのに、と雨宮は思った。

 美久がなにかとりなそうとしたが、雨宮が目で制する。楊の反応も霧崎の反応も気になったからだ。他人が邪魔してはいけない。

 残念なことに、楊はまたカレーを食べ始めてしまった。せっかく楊が他人に興味を持ったのに。楊と霧崎の対人能力に少しは進展があると思ったが、なかなか上手くはいかないらしい。

あきらめて食事に戻ろうとすると、「き、きりさきはがね」と霧崎が少し頓狂な声をあげた。話すというには声が大きく、音階が高い。最後に、「といいます」とつなげた。

「………」霧崎の頓狂な声にも関わらず、楊は黙々とカレーを食べ続けている。楊の注意力が外に開けられたのは、ほんの少しの間だけだった。もう閉められた。パタン。おしまい。

「あ、雨宮さんの友達」霧崎はまだ勇気を振り絞って自己紹介を続けた。

「美久のおにいちゃん!」美久が横から補強した。いや、美久の兄ではない。

「美羽の下僕!」美羽は下僕なんて言葉、どこで覚えたのだろう。

「下僕じゃねえよ!」霧崎が即座にツッコむ。

「だってよ。楊」雨宮は楊に反応を促してみた。おそらく反応はないだろう。そういう弟である。でもなんだか嬉しくなって、楊に反応を促してみた。

「………」やっぱり楊に反応はない。雨宮はため息をつかずにはいられなかった。

「ごめんね、霧崎。こんな弟だから」

「ごめん?!」霧崎は雨宮の謝罪に大きく反応した。「雨宮さん、謝れたんだ!」

「殺すよ霧崎くん?」雨宮は邪悪なオーラを発現させた。

「ごめんなさい」霧崎は即座に謝った。「…別に謝られることなんてないよ。ぼくは自己紹介しただけだし」

「でも…」

「姉貴」楊は目の前の皿を食べ終えながら雨宮に話しかけた。雨宮はびっくりして楊の方を向く。

「霧崎さんが美久のおにいちゃんってことは、姉貴の旦那ってこと?」楊は無表情でそんなことを言う。楊がボケた!と雨宮は思った。

「んなわけねえよ」霧崎と雨宮は唱和した。


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