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シーン12:マイペースさんなの

「意外だわあ」席についた雨宮は霧崎に向かって大きく目を開いた。霧崎のすぐ隣には美久、その反対側には美羽。いわゆる両手に花の状態が出来上がっている。「なんでそんな状態になってんの?」

「ぼくの方が訊きたい」言いながら霧崎はカレーに口をつけた。

「おにいちゃん、いただきます言ってないよ」

「まったくマナーがなってねえなハガネは」花たちは一斉に霧崎の無作法を咎めた。

「ずいぶんなついちゃったのねえ」雨宮は未だ不思議そうな目をしている。「あんた、どう見ても人づき合い苦手そうなのにねえ」

「遊ばれてるんだ」霧崎は両手の花にも目の前の花にも構わずカレーを食べ続けている。

「ちょっとおにいちゃんいいかげん食べるのやめてよ」

「まだ(やなぎ)が来てねーんだから、我慢しろよ」美羽と美久はステレオで注意をする。

「だってこれおいしいから」霧崎はスプーンの手を止めない。

「霧崎くぅん。いいかげんにしようねえ」雨宮が満面の笑みを浮かべた。しかし霧崎にはその背後に第六天魔王の姿が見えた。――すごい圧力(プレッシャー)だ。霧崎は即座にスプーンを置いた。

「雨宮家では一家揃うまで晩御飯食べられないのよ」雨宮が微笑んだまま霧崎に説明する。

「要するに、美羽ちゃんと美久ちゃんの兄で、雨宮さんの弟である雨宮楊くんがこないと食べられないわけだ」

「そゆこと」

霧崎は雨宮と美羽と美久を順番に見ていったが、みな座ったままだった。

「…なんで誰も呼びに行かないの?」まさか自分が呼びに行かされるのではないかと思いながら、霧崎は訊ねた。

「行っても意味ねーから」忌々しそうな口調で美羽が言った。

「どゆこと?」

「楊くんはね、マイペースさんなの」いつものような笑顔で美久が言った。

「マイペース?」

「じゃ、霧崎くん。行ってみる?」雨宮はまだ微笑んだままだった。悪魔の微笑みに霧崎には見えた。

 雨宮家の長男・楊の部屋までは、美羽と美久がしてくれた。案内を買ってでた2人を見て、気持ち悪いくらいなついてるな、と雨宮は思った。「二人とも行くんなら、ぼく行く必要ないんじゃ」と霧崎は戸惑ったが、「いいからいいから」、と理屈もなにもない言葉で二人に押し切られた。

 霧崎は楊の部屋のドアをノックしてみた。返事がない。さっきよりも強くノックした。やはり返事がなかった。

「いないの?」と霧崎は傍らにいる美久に訊いた。

「おにいちゃん、がんばって!」返事になっていない。

 もう一度霧崎は大きくノックをした。「もしもーし。いるんですかー?」ドア越しでも聞こえるくらいの声をだした。しばらく待ってみたが、やはり返事がない。

「ただのしかばねのようだ」霧崎は呟いた。2人には聞こえなかったようだ。

「………、戻ろうか」霧崎はリビングに戻ろうとした。

「まだ楊出てきてねーじゃん」美羽が呼び止めた。

「楊くんはただのしかばねだったから出てこないよ」

「わけのわかんねーこと言ってんじゃねーよ」霧崎のボケはスルーされた。

「いや、いないよ。これは」

「いるよ。帰ってきたとこあたしみたんだから」

「………」霧崎は思案した。そっとドアノブに手をかけて、静かに引いてみた。鍵はかかっていないようだ。

「開けてもいいかな?」霧崎が、独り言なのか質問なのか判別のつかない呟きを漏らした。――瞬間、勢いよくドアが開いた。

ゴンっ、と霧崎は頭をしたたかに打ち付けた。

開いたドアからは霧崎よりも少し小さいくらいの少年が出てきた。長くて細い目をじっと床に向けている。この少年が雨宮楊らしい。

楊は悶絶している霧崎にも、おそらく自分の妹であろう美羽・美久にも一瞥もくれずに、リビングの方に向かって歩いていった。意図的に三人を無視しているのではなく、まるで本当にそこに誰もいないかのような、ごく自然な動作だった。

「楊くんといると、自分がいなくなったような気がするよ」美久がため息をついた。

「頭いてーよな。ほんと」美羽も合わせてため息をついた。

「………そんなことより頭が痛い。物理的な意味で」霧崎はまだ頭を抱えたままだった。


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