シーン10:呼び捨ては勘弁してください
雨宮家は五人きょうだいだ。雨宮の上に一人姉がおり、下には三人。美久が一番下で、美羽はそのすぐ上ということを、美久が説明してくれた。
「あたしは4年生で、美羽ちゃんは5年生なの」美久が霧崎に紹介した。「美羽ちゃんの上におにいちゃんが一人」
「兄貴は中2なんだ」美羽が引き取って言った。
「…その子は今は?」
「部屋にいるよ。まったく、めしどきだってのにまだでてきやがらねえ」美羽は怒っているような口ぶりだった。
「なんで君は怒ってるの?」
「き、きみぃ?」美羽はおぞ気をふるった。「君なんて、今まで呼ばれたことねーや」
「…ごめん」霧崎はなんとなく謝っておいた。
「震えちまうから、やめてくれよ。あたしには美羽って名前があるんだからさ」
「………えっと、それはつまり、要するに、とどのつまりは、ぼくに君の事は美羽って呼べって言ってるわけだ」霧崎は口をもぐもぐさせながら話した。
「つまらなくても要しなくてもとどのつまらなくても、そういうことだよ」美羽は霧崎とは正反対に背筋を張っていた。
「あ、あたしは美久です」美久が手を上げた。つまり要するにとどのつまりは、自分のことは美久って呼んでね、ということだろう。
「………」霧崎は黙ってしまった。誰かを呼び捨てにするなど、できるわけがない。
「お、おいおい。なんでそんな恥ずかしそうにしてんだよ。小便でも漏らしちまったのか?」
「………………」霧崎はうつむいたままだ。
「マジ?………姉貴!雑巾。それからおむつ!」美羽は立ち上がって霧崎から離れようとした。
「んなわけないでしょう!」逃げる美羽を霧崎は引き止めた。
「…あの、ぼく人のこと名前でなんて呼んだことないからさ」
「恥ずいってか?じゃあいつもはどうしてんだ?」美羽はまたもとの位置に座った。
「呼ぶ機会がない」霧崎は言い切った。
「今がその機会じゃねーか。勘弁してくれよな。あたしのことは美羽。美久のことは美久。呼べるだろ?」
「美羽さん、は」
「鳥肌が立つな」
「美羽殿」
「あのなー」
「美羽氏」
「ふざけてんのか?」
「美羽たん」
「なんだそりゃ?」
「美羽たん萌えー、とかって使うんだけど」
「あ、すいません、ごめんなさい、やめてください」マジ引きだった。
霧崎はため息をついた。
「1億光年歩譲って、美羽ちゃんでいい?呼び捨ては、勘弁してください。お願いします」
チッ、と美羽はひとつ舌打ちをしてから、「仕方ねえか」とあきらめた。
「おにいちゃん、あたしは?」霧崎と美羽の話が終わったとみて、美久が入ってきた。
「初音さん」
「ふざけんな!」この場にいない姉に代わって、美羽が突っ込みを入れた。




