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シーン1:雨降りの日に

 県立西上高校に通う霧崎鋼と雨宮美緒が出会ったのは雨の日だった。その前日夜の天気予報の一つは、翌日の降水確率を0%と伝えた。その通り翌日の朝は雲ひとつない空だった。この陽気から、誰が雨など予測できよう。しかし雨宮には嫌な予感がした。それは何一つ根拠のない予感だった。朝起きて窓を開けて空を見たときは、多くの人びとと同様なんの予感もなかった。高校に行くために制服に着替えカバンを持ちドアを開けた時にそれはやってきた。心に一点ついたしみのような予感だった。この快晴に、雨?そんな馬鹿な。雨宮は当然のことその予感を一蹴した。

 後悔したのはその日の放課後である。降り始めたのは午後だった。しかししばらくは閉まりきっていない水道のような、ぽつぽつとした雨であった。窓に雨が走った瞬間、高校に来ていた誰もが嫌な顔をした。一体誰が傘を持って登校したというのだろう。このまま降らなければいい。雨宮もそう願った。実際に本降りになる前に帰ることができた生徒もいたであろう。県下を襲った大豪雨が始まったのは、午後6時に差しかかろうとするころであった。雨宮は図書委員の仕事があって、その時刻まで居残っていた。雨宮は図書館で一人作業をしていた。作業中も雨模様が気になって集中できず、駆け込みで終わらせたけれどももう遅かった。図書館の玄関のひさしの下で、つぶてのような雨粒が激音と共に滴っているさまを、雨宮は口をだらしなく開いて見つめていた。

(こんな雨の中を帰れるのだろうか)

 それはもう傘がどうとかいう問題ではないかもしれない。いっそしばらく学校に残って雨が止むのを待つのがいいのかもしれない。しかしこのときの雨宮はもちろん知らないのだが、雨は二昼夜思う存分降り続いた後霞のように消えていくのである。雨宮は所在無くしばらくその場に留まっていた。

 雨音に混じって足音が聞こえた。雨宮の後方から聞こえる。メトロノームのように正確なリズムだ。雨宮の後方には階段があって、2階には―――何があっただろう。雨宮は2階に上がったことがない。授業で使ったこともないし、図書委員にも関係がない。全く関係のない場所というものは、学校には多くある。やがて暗い階段に人影が見えた。白い靴に男子制服が乗っている。耳を覆うばかりの黒髪が暑苦しい。校則違反ではなかっただろうか。その長い髪が邪魔をして、男子の人相がよく見えなかった。その体つきは男子にしては痩せていて、それでも雨宮が軽く見上げなければならないくらいの身長はあった。

 男子は雨宮の隣までくると、ぼんやりとしているように口を開けて空を見上げた。この人も雨に茫然としている。しかし雨宮のその考えはすぐにかき消された。男子が右手を前に差し出すと黒い突起物がその先端から伸びていた。親指が動いた様子がして傘が勢いよく開いた。

「雨宮さん」

 雨宮は男子が自分に話し掛けていることに一瞬気がつかなかった。男子は正面を向いて空を眺めてままだからである。

「傘、持ってきてないの?」

 雨宮の頭は上手く働いてくれなかった。なぜこの男子は自分に話しかけ、そもそもなぜ自分の名前を知っているのだろう。

 男子は傘を閉じると、柄を雨宮に差し出した。取れということらしい。よくもわからないままに雨宮はその柄を握った。男子は微笑んだような気がする。

 次の瞬間雨宮は茫然としてしまった。男子は一目散に雨に向かって駆け出していったのである。一瞬の後にびしょ濡れになりながら男子は行ってしまった。雨宮がなにもしないでいるままに男子は見えなくなったしまった。なぜ傘をくれたのだろう。彼は誰なのだろう。そんなことを降り続く雨を眺めながら考えていた。


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