シャープにリプライ
♯1 ツバメ
燕の君。喉まで赤く酒に染められたあなたを、心の中でそう呼んだ。赤格子に手をかけて、網目に区切られた向こう側。幾人もの男どもの中に面影を探す。酔いすぎたか。顔を思い出せない。いや、あなたの匂ひに酔い、顔を見上げられなかった。覚えているのは、高い背と喉の朱だけ。ああ。廓の酒は罪だ。
♯2 チョコレート
叶いもしない恋を彼女はチョコレートのようだと笑った。「甘いのか」そう問うと首を横に振った。「苦い。とっても苦いの。その香しさに私は狂うけれど、濃ければ濃いほど苦くなる。その苦さが怖くて私はそれに口をつけれず。ただ甘美な香りだけを味わうの」そう語る彼女の笑みは、自嘲にまみれていた。
♯3 審判
レイは言った。「あたしが欲しいのは審判」。
彼女は悪いことも、良いこともする。人が倒れたら助けるけれど、当たり前のように物を盗む。殺しまでやる。見えない人からすれば、彼女は「審判」だな。
拳銃にマガジンを装填する。息を吸う。彼女が見えるのは俺だけ。――さあ。彼女を殺せるか。
♯4 永遠
「ねえ、永遠って信じる?」
「信じない。命さえ永遠じゃないから」
「夢がないぞ」
「じゃあ、証明してみせてよ」
「じゃあ」と言って彼女はキスをした。
「なぜこのタイミング?」
「私も分からない。でも今、あなたの中で永遠の謎ができた」
「この口八丁」
♯5 熱湯
「夫婦にはいい温度がある。田舎の家では、赤を捻るとから熱湯が。青だと冷水が出る。うまい具合に混ぜていい湯加減にするんだ。これが結構繊細なんだよ」
「私は赤と青、どっちなの?」
「赤だな、いっつもお前の成分が多くて、俺は控えめ」
「ひどい言いよう。あなたは冷たいのね」
♯6 栗蒸し羊羹
「おばあちゃん。アレ作って」
正月三が日。私は決まって祖母にせがむ。おせちの栗金団で作った栗蒸し羊羹、大好きな味。大学で家を離れることが決まった年。
「教えちゃるから見てな」
祖母は言った。人間覚えてるのは食い意地だけ。今年の始めも私はこの味で祖母に会う。
「おばあちゃん。私結婚したよ」
♯7 哲学的幼女
何のために生きるのか、娘は問うた。
「哲学的ね」
「答えられないと作家としての威厳が。哲学的幼女。は、これは!」
「多分そのラノベ、売れない」
「なっ、だから文学作家は!」
「ニーチェは言った、この世には解釈しかない。だから、あなたの解釈を教えればいい」
こんな妻の娘だ。俺は娘にも敵わない。




