シャープな冒頭たち
#ふぁぼした方が1冊の本だとしたら最初の1行には何と書いてあるか考える
で考えた140字の小説たちです。
♯1
最初から叶うと思って恋するわけじゃない。叶うためならば、お見合いくらいでそつなくこなせばいい。――叶わないからこその苦みを私は嗜む。とびきり苦いコーヒーキャンデーを舌の上で転がす。溶けたらまた、次の一粒に手を出す。そうして私の物語は濃くなっていく。
♯2
いつか鳥になりたい。私は背中に生えた翼で、夢にまで見た白い砂浜にたどり着く。黄金色の砂と、コバルトブルーの水を湛えた海辺。そこで、海を夢見て戦いに身をやつし、散っていった内陸国の兵士達の遺灰を空高く舞い上がらせる。真っ白な雪で海岸を染めるのだ。
♯3
いつから私は彼女の笑顔に恐怖を覚え始めたのか。彼女の中で私を見つめる思いが変わっていったのと同じくして、私の中でも彼女が得体の知れない何かへと変わっていくようだった。――たとえそれが少女の淡い想いだとしても、私は彼女を受け止めることができるのか。
♯4
地獄の王ルシファーももとは天使だったと言われている。その前はみんな天使だったわけだ。つまりは性善説。対して性悪説で、みんながみんな悪魔だったところから始まった神話はあるのか。俺の知る限りはない。だが、それでも悪魔にならない為の自制こそ必要ではないのか。
♯5
アル・カポネ。伝説のマフィアの名を取るタバコをふかし、トミーガンを携える。こいつも彼とは因縁深い代物だ。――スカーフェイスという別称で、創作でもてはやされる彼と俺とは雲泥の差。俺はギャングになりたかったわけじゃない。ギャングが俺を選んだんだ。
♯6
灰色の雪が降るこの丘で彼がかつて携えた剣を土に深く刺す。彼が生前に頻りに話していた想い出の地だ。この場所で彼が成し遂げた戦績が後の彼を騎士団長に仕立て上げた。その栄誉を誇るためか。俺の質問に彼は違うと答えた。――「自分への戒めのためだ」と。
♯7
複雑な形に湾曲した石畳を、私は踏みしめる。しがみついてよじ登り、溶岩のごとく鮮血を噴き出す傷口へ。はけでそっと薬を塗る。轟音と共に地面が揺れ、投げ出されそうになる。痛いのは分かる。でも治さなければ。竜の鱗を狙う賞金稼ぎは後を絶たない。私がこの子を守らなければ。
♯8
隣国人は人間でないと教えられた。私たちと彼らの違いはなんだ。肌が黄色い。髪は白く、瞳は緑。私たちは国のエゴのための国土侵略に尽力し、ネイバーを無差別に殺し、人数に応じた報酬を得る。――今日は息子と同じくらいの子供を殺した。その親も殺した。
♯9
10連マガジンが9本。――こいつがバックパックに積まれた残弾だ。トカレフに装填されたものには残り9発。99発の弾丸が、俺の命をつなぐ。一発たりとも無駄撃ちはできない。
さあ、生き残れるか。
♯10
私には秘密がある。
私は数年前、今の養父に迎え入れられ、この屋敷で暮らすようになった。養父には息子がいる。つまり私からすれば義理の弟。私の3つ下だ。背たけはまだ私より低く、顔立ちもあどけない。
そして、たまらなくかわいい。
好みである。ヤバい。ああ、ヤバい。
♯11
彼の背中は私よりずっと大きかったはずなのに。今では私の両手に収まるほどの壺の中。ああ、彼を手に入れられたら。彼はなぜ死んでまで私から逃げようとしたの。私が愛してあげるのに。でも死んでも逃げられない。私は壺の中の彼を口の中に運び、咀嚼した。
♯12
ペンは剣よりも強し。数時間前の歴史の授業で習った言葉。素晴らしい言葉だ。僕は争いごとが嫌いだ。それが勉強で解決できるならば幸せだ。なんたって僕は頭がいいからだ。そんな僕でも分からないことがある。それはこの僕が今、剣を携えた勇者になってるということ。
♯13
弾丸は標的の左胸を貫いた。内臓逆位でもなければ即死だろう。しかし、俺は悪い予感に襲われていた。それは首元にある不自然な皮膚の綻び。俺はそれを触ってみた。ぺりぺりと皮膚が卵の殻のように崩れていく。――そして、標的とは似ても似つかない他人の顔が現れた。
♯14
これを試したかったんだ。嬉々として仮面の男は語る。重々しい金属製の箱から取り出されたそれは、柄から十字型に刃が伸び、それが螺旋を描きながら先端に集中する。捻じれた矛先のよう。突けば肉を抉りながら、深く食い込むだろう。見ているだけで全身の毛が逆立った。




