春風舞う図書館 (短編:Lost children)
貴方がこの図書館に住み込むようになってそれなりの月日が流れた。 特に変化のない日々の中、図書館の主である玉燿との絆は確実に築かれていった。
「随分綺麗になったものだ。」
玉燿は図書館を見渡すと満足げに微笑んだ。
それもそうだろう、なんせ半年かけてゆっくりと掃除を繰り返してきたのだ。
「ここに来てからずっと働かせてばかりだ……」
貴方は首を振ると家賃代わりだと答える。 それを聞いて玉燿は少し呆れた顔をするが、ありがとうと短く答えた。
「もしかすると、君に託せるかもしれないな。」
その呟きは、誰にも聞こえない程小さな言葉だった。
―――
――
―
ある所に、ラインズと呼ばれる世界がありました。 その世界はとても小さく、あらゆる問題でいつも神様は頭を悩ましていました。
悩んだ末、神様は一つの選択をしました。 それは、世界が飽和して崩壊しないようにある程度の可能性の芽を摘む事です。
その結果、世界の均衡は辛うじて保たれる事となりました。 当然、その行為によって多くの犠牲が生まれたわけですが……
しかし、神様も想定していなかった問題が一つ起きてしまったのです。 ある時、消し去った分岐から子供が誕生したのです。
神様はその子供達をロストチルドレンと呼び、城の中へと幽閉しました。 神様にも子供達をどうしていいか分からなかったのです。 しかし、それは神様にとっての間違いだったのです。
子供達も各々の意思を持って生きている、それを理解出来なかった神様は手痛いしっぺ返しを受けます。
それでも――
これは、そんな悲しい子供達の記憶の断片である。
ロストチルドレン――それは摘み取られた可能性から生まれ落ちた者達。
――
―
~一人目のロストチルドレン~
名前:アヤカ(綾香)
出身世界:ロキア
分岐消失理由:世界消滅に関わるイレギュラーが生まれたため。
彼女は一番最初に生まれたロストチルドレンだった。 最初の犠牲者であり、一番神にとって脅威的な存在だった。
彼女が存在する未来は世界そのものを歪ませ不安定にさせる。 正にこの世に生を受けてはいけない存在だったのだ。
更に神にとってもう一つ厄介な問題があった。 それは彼女を"絶対に殺せない"という事だった。 結論として、彼女を自分の手元に置いて分岐世界を破壊するという選択肢しかなかったのだ。
だからこそ私は、それを利用して反逆を企てた。 例えそれが滅びの道だったとしても、一方的に奪われる理不尽を許すわけにはいかなかった。 家族を、友を、世界を奪われた者達――それが私達ロストチルドレンなのだから。
~二人目のロストチルドレン~
名前:ホムラ(焔)
出身世界:カルデニア
分岐消失理由:人と獣人を争わせる世界の秩序を崩壊させたため。
アタシは人と獣人の間に生まれた初めての子供だった。 両親が身を挺しての説得と私の存在が、長きに渡るに種族の争いを終わらせたのだ。
神様にとってそれは気にくわないものだったらしい。 ある日そいつらは現れた。 世界を滅ぼす天使の兵達、目に入る者達全てを殺していく様は今でも脳裏に焼き付いている。 両親も私の目の前で真っ二つに切り裂かれた。
気が付くと、このよく分からない城の中に閉じ込められていた。 先駆者曰く、アタシはロストチルドレンという存在になったそうだ。
そんなアタシの中に残ったのは、神様への復讐心であった。 きっとこれはチャンスだ、アタシが神様に復讐するための……
「悔しいな……あと、少しだったのにさ。」
仲間達の屍を越えてここまで辿り着いたってのに、しかもカイが命を使ってくれたチャンスだった。 なのにさ、こいつはまだ生きてんだよ……
「やはり、人間とは理解出来ない存在だ。」
「けっ……お前には一生わからねぇよ。」
次の瞬間、アタシの視界は二つに分かれて消し飛んだ――
~三人目のロストチルドレン~
名前:カイ(魁)
出身世界:カルデニア
分岐消失理由:世界のコアに深刻な問題が起きたための自然消滅。
僕の世界が消えたのはある意味必然でした。 僕が生まれた時、既に世界は終わっていたのです。 そんな世界でも自分の故郷だと笑っていた父を僕は理解出来ませんでした。
僕は死にたくなかった。 せっかく生まれたのに、もっともっと生きていたかった。 アヤカさんは僕のこの強い意思がロストチルドレンとしての自分を生み出したと言っていたけれど、僕にそんな力があるとは思えなかった。 だから神様と戦うなんて事、僕には無理だって思ってた。
「お前はさ、いつもオドオドしてるけど――芯に良いもんをもってるんだよ。」
「そんな事……」
「アンタならいざって時にやれる、アタシは信じてるぜ?」
ホムラさんはそんな僕を信じてくれた。 臆病な僕を信頼して、頼ってくれている――だから、きっと今がその時なんだと思う。
怖い神様が目の前に迫ってくる。 もう残っているのは僕とアヤカさんとホムラさんだけだった。 だからこそ、僕は覚悟を決めた。
守りに使っていた結界を解きそのまま神様を招き入れる。 神様は容赦なく僕の胸に槍を突き刺してきた。 僕はそれと同時に魔源の全てを解き放つ――これで少しの間だけ神様の動きを封じる事が出来る。
「ホムラさぁぁん!!」
「カイ、お前の覚悟確かに受け取った!」
ホムラさんも最後の力を振り絞って全ての魔源を解放する。 それはまさに地獄の火炎とも呼べるべき炎だった。
「僕、頑張れたよね……父さん、かあさん……」
全身を焼かれながら、両親の顔が最後に浮かんできた。 母さんは、笑っていたように見えた。
~四人目のロストチルドレン~
名前:ツバキ(椿)
出身世界:カムイモシリ
分岐消失理由:使命に耐えきれなくなり、人々を皆殺しにして秩序を崩壊させたため。
私には耐えられませんでした。 生まれし時から与えられた巫女長としての使命、唯一子を作る事の出来る器官、女性の身にソレを与えられた呪わしき運命。
私には耐えられませんでした。 おぞましいソレを見るたびに吐き気を催しました。 どうしようもない性欲に襲われ、泣きながら慰めました。
あぁ、全てが汚らわしい! 全てが呪わしい! こんな世界はいらない!
だから壊した、だから殺した、全部ぜんぶゼンブ!! 千切って刻んでもぎとってねじ切ってすりつぶして叩き潰してかぶりついて舐めまわして突き回して!!!
それでも、私の心は満たされませんでした。 邪魔に来た天使さんも同じようにしましたが、流石に数の差に私は勝つ事が出来ませんでした。
結果、新たな牢獄の世界にやってきただけです。 この呪われた身体はそのままだったのですから。
「お前さん、オレと同じ目をしてるな。」
「あら、そうですか?」
「あぁ、自分のために全部ぶっ壊してやりたいって奴の目だ。」
「あらあら、とても褒めているようには聞こえませんねぇ。」
私の次にやってきたロストチルドレンも、私と同じ壊れてしまった人でした。 彼は 私を否定しない、 私も彼を否定しない。
実に良きパートナーでした。 もしかしたら、 私は初めて恋していたのかもしれません。 それももう、確認する術はありませんが……
「あらあら、もうおかわりはいりませんのに。」
まだまだ押し寄せる大量の天使達、一方 私は左腕はあらぬ方向に折れ曲がり、両足は既に失われていた。 唯一動くのは刀を握る右腕だけだった。
「貴方の元に行くのは、もう少しだけ待って下さいね。」
背中を預ける男は既に絶命していた。 しかし、彼の死に顔はとても満ち足りた顔をしている。
「だって 私――まだまだ殺し足りませんもの!!」
あぁもっと、 私に生の実感を下さい。 生と死の狭間、殺し合いの中にだけ私の喜びがある。 こうして得物を撃ち合い、斬られる痛みが、切り裂く快感が私を打ち震えさせる。
今この時だけは呪いの運命なんて関係ない、全てが 私だけのもの……
「あぁ 私――イってしまいます!」
~五人目のロストチルドレン~
名前:ルシフェル
出身世界:ヴィラン
分岐消失理由:時空龍と和平を結ぼうとした三賢者を射殺し、泥沼の混戦状態へと導いたため。
オレは戦争が好きだ。 戦っている時だけ生きていると実感出来る。 この愛銃から伝わってくる感触だけがオレの生きている証だ。
だから和平なんてぜってぇ許さねえ、命ある限りオレは龍を殺し続けるんだ。 だからこいつはら邪魔だ、殺されても仕方ねぇだろ? トカゲ共に人間が頭下げるなんてありえねぇ。
そしてオレは人間からも龍からも狙われるようになった。 いやぁ、今思い出しても最高の生活だったなぁ。 まぁ最後はトカゲ野郎に頭から噛み砕かれちまったけどな。
最初はここが天国かと思ったが、どうやらオレの運はまだ終わっちゃなかったらしい。 リーダーが言うには神殺しをやらせてくれるそうだ。
龍の次は天使に神様――最高じゃねぇか! 今のオレには最高の相棒もいる、こいつは楽しい戦争になりそうだぜ。
「こいつら殺しても殺して湧いてきやがる!」
「あら、弱音でしょうか?」
「バカ言え! 興奮が収まんねぇんだよ! オレの下半身見て見ろよ?」
「そういう所、大好きですわ!」
「おめぇも一緒かよ、つくづく楽しい女だぜ。」
ありがとよ、間違いなくここは天国だぜ。 ここに来られて良かったと心の底から思うぜ。
何人もの天使を撃ち殺して撃ち殺して、しかし奴らは恐れを知らずに突っ込んでくる。
「――ちっ、オレより先にへばっちまいやがって。」
やがて愛銃は沈黙し、オレのフィーバータイムも終わりを告げた。
~六人目のロストチルドレン~
名前:クリスタ
出身世界:ベリナティス
分岐消失理由:禁書から世界の真実を導き出してしまったため。
私は全てが知りたかった。 それは人間にとって当たり前の探求心である。 それを止める事は出来ないし、邪魔する事も許されない。 だから私はひたすらに真実を求めた。
もちろん禁書と呼ばれる書物にも手を出した、そうしなければ世界の全てを知る事は出来ないと思ったからだ。 その事を後悔はしていないし、今自身が置かれている状態にも非常に興味深い。
私は真実を見つけ出した。 そしてそれは時空龍達が与えた知識の一部に偽りがあるという事だ。
そもそも、境界移動を禁じる事の理由が人間には不可能ではなく、可能性を広げないための措置であったのだ。 私達の世界は、私達が思っている以上に狭いという事だ。
「そのおかげで神の元に来ることが出来たのだけど。 むしろ感謝したい所。」
「いつか終わりが来るとしてもか?」
「どういう事?」
アヤカは言う、神は所詮対処に困っているだけでいつか答えを出すと。 そしてその先に待つのは――死だと。
私はもっと知りたかった、もっと色々な知識を、真実の探求を続けていたかった。 だからこそ彼女達に協力する事を選んだのだ。
元々戦いというのは苦手ではあったが、私の知識はチームの頭脳として機能する事が出来た。 しかし、それが私にとっての最大の不幸でもあった。
一番の危険の芽は最初に潰しておくものでしょ? つまりそういう事……
「嫌っ……死にたくない!」
どんなに泣き叫んでも、どんなに抵抗しても、奴らに慈悲などないのだ。 無慈悲に私の身体を蜂の巣のように穴だらけにしてく奴らの顔は無表情だった。
それが、神からの宣戦布告である。
~七人目のロストチルドレン~
名前:リシュウ(李秋)
出身世界:ロキア
分岐消失理由:ナタリアスのコア崩壊を防ぐために分岐封鎖。
私達は幸せだった。 両親の愛情を受け、仲間達に囲まれて本当に幸せだった――あの日が来るまでは。
天使達は村を焼き、建物を砕き、人間達を殺していった。 その行動に容赦はなく、抵抗しても苦しむ時間が増えるだけ。 父上も母上も最後まで戦ったけど、奴らには勝てなかった。
意識を取り戻すと、双子の弟と共にこの城にいた。 私はどうしてもあの天使達に復讐したいと思った。 強くなっていつの日か――必ず仇を取ると。
アヤカ姉さんやホムラ姉さんも、私達と同じように両親を奪われていた。 私達白虎族のような特徴を持つ彼女達には更に親近感が湧いた。
特にアヤカ姉さんは毎日私の稽古に付き合ってくれたし、厳しくも優しく接してくれた。
そして、運命の日がやってきた……
「父上と母上の仇!!」
目の前にいる神を殺せばわあつぃの復讐は達せられる。 その気持ちだけで無心に戦い続けた。
こちらは5人で相手は一人、絶対に勝てるという自信があった。 それなのに――奴の力は圧倒的すぎた。
手足を切り落とされて動けないアヤカ姉さん、左腕がもう使い物にならなくとも戦い続けるホムラ姉さん、攻撃が激しすぎて味方を守る事しか出来ないカイ、そして震えながらも私の横でなんとか立っている弟……
「終わりだ。」
無慈悲に繰り出される神の槍、それは弟めがけて振り下ろされようとしていた。 一瞬脳裏に、弟を盾にすればスキが作れるのではないかという考えが浮かぶ。
でも私は――
「トウガ!」
「リシュウ!?」
無我夢中で弟を突き飛ばしていた。 勢いよく吹き飛んだ弟はステンドグラスを砕きながら外へと放り出された。 そして、弟を貫くはずだった槍はそのまま私の心臓を貫いた。
ゆっくりと流れる時の中で、私の最後に零れた言葉は――
「これで、良かったよね……母上?」
きっと、弟だけは生き延びてくれると信じて……
~八人目のロストチルドレン~
名前:トウガ(冬牙)
出身世界:ロキア
分岐消失理由:ナタリアスのコア崩壊を防ぐために分岐封鎖。
本当の事を言うと僕はとても怖かった。 父上と母上を殺した仇が同じ場所にいるってだけで身体が震えた。 それでもリシュウはいつでも僕の傍にいてくれたし、それだけで戦う勇気が湧いて来た。
でもやっぱり神様には敵わなくて、僕を助けたリシュウは串刺しにされてしまった。 それが、僕の意識があるうちに見た最後の光景だった。
確かに僕は助かった、唯一あの場所から逃げられたんだ。 僕が辿り着いたのはナタリアスと呼ばれる世界、緩やかに死を迎える未来が待つ世界だ。 与えられていた端末からこの世界が迎え結末を僕は知っている。 だからこそ神は追ってを差し向けてこなかったのだろう。 僕はここで、ゆっくりとその日を待つ事しか出来ないのだ。
「それでも、君達は運命に抗うのかい?」
「俺達は世界を救ってみせる!」
青年達の芽は輝いていた。 それはまるで昔の僕達みたいに……
だからリシュウ姉さん、僕はもう少しだけ足掻いてみる事にするよ――この世界で。
―――
――
―
私達は神に敗れた。 その圧倒的な力に手も足も出なかった。 ロストチルドレンと呼ばれた者達は、もう私一人だけになってしまった。
それでも私は諦めない、いつかチャンスはまた来るはずだ。 どんなに長い月日をかけてでも、私は必ずあの神を打ち倒す――散っていった仲間のためにも。
「――誰?」
「ひっ!」
檻の外にいたのは少女だった。 しかし人間とは思えないその強大な魔源量が彼女を人間ではないと示していた。
「時空龍の子供……?」
「か、怪物さんなの?」
それが巡ってきた二度目のチャンス――銀華との出会いだった。
―籠の中の少女へと続く―
久々に見たような気がする。 それは遠い遠い誰かの悲しい記憶。
私はベッドから身体を起こすと、小さな雫が頬を伝って落ちた。 それが自身の涙だという事に困惑しながらも手の甲で拭った。
きっとこれは前世の記憶だろう。 誰にも知られず戦った少年少女達の記憶……
「私も、ね……」
私もまた、孤独な存在だった。 長い月日の間に同胞達はいなくなってしまった。 前世の影響からか、特別な力を持つ私にはなかなかその時は訪れなかった。
今ではもうアヤカ姉さんだけが私の――いや、この話はよそう。 考えるだけでも気が滅入ってくる。
「前世の記憶があるとか、特別な力があるとか、良い事なんて一つもない。」
「ソフトクリーム二つ!」
聞き慣れた少女の声が聞こえる、どうやらお得意様が来たようだ。
「何? 一人で二つも食べるわけ?」
「ナイナイ! 今日はアレなんだって!」
「あっ、今日だっけ?」
「そういう事!! って事でシクヨロ!」
そうか、今日が彼女の帰省日だったか……懐かしい顔が瞼の裏に浮かぶ。
彼女もまた、強すぎる力を持つ故に孤独な存在だ。 かつてはその呪縛から解放しようかとも考えた時もあった。 その彼女がもうすぐ――
「はいどうぞ。」
「ありがと!」
「落とさないようにするのよ!!」
そうか、また彼女に会えるのか……
そう考えると胸の中が少し暖かくなるように感じた、それと同時にある人物から頼まれた事も――
「さぁ、早くいらっしゃい――雪。」