梅雨濡れる図書館 (短編:鋼鉄の聖女ジャンヌ)
性懲りも無く再びこの図書館を訪れる。 特に理由はないが――この地には何か人を引き付ける魅力があるのかもしれない。
傘を畳み傘立てに立てかける。 中は相変わらず独特の雰囲気を醸し出している。
「おや、お客さんとは珍しいね。」
いつものように玉耀という名の少女が出迎えてくれる。 しかし、何かいつもと様子が違う気もする。
「僕は玉耀、この図書館の管理人さ。 君はこんな場所に何をしに来たんだい?」
やはりおかしい、まるで初対面のような扱いだ。 今日も本を読みに来た事、今まで何度も足を運んでいる事を説明すると、玉耀は何か考え込んでしまった。
「やはり特異点の歪みが――ならば、ここにいてもらう方がいいか……」
何かぶつぶつ言っているようだが、言葉の意味を理解する事は出来なかった。
「よし、話は大体分かった。 君はしばらくここで預かろう。」
そんな事からこの図書館で生活する事となった。 成り行きとはいえ迷惑をかけないか不安である。 そんな不安を掻き消すためにも、とりあえずは目的である読書に勤しむとしよう。
適当に本棚から一冊の本を取り出す――今回の本のタイトルは”鋼鉄の聖女ジャンヌ”というものらしい。 ラノベっぽいタイトルだなと思いながらゆっくりとページを捲った……
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悪路をジープが進んで行く。 彼女の運転は相変わらず酷いもので、恐らくアタシ以外は耐えられずに吐いてしまうであろう。
「もうちょっと運転どうにか出来ないわけ?」
「いい加減慣れんかい!」
「絶対に無理。」
吐かなくなっただけマシだと言えるのだが、こう揺れては作業がやりづらい。 こんなやり取りをしながらもマガジンに弾を込める作業を続けている。
「それよりも準備は出来てるかい”ジャンヌ”?」
「その準備の邪魔ををしてるのは誰だと――よしっ!」
「コイツも持っていきな。」
そう言って彼女――ドクタークレアは縦10cm程のヒューズのような物を4つ投げてよこす。
「4つも準備出来たなんて気前がいいじゃん。」
「誰が全部使っていいと言った? もしものための予備に決まっておろうが。」
「はいはい分かってますよ。」
そう言いながら、アタシは4つのヒューズを胸ポケットに仕舞い込む。 アサルトマシンガンを背負い、ドアノブに手をかける。
「じゃあ今回の作戦も頼んだぞ。」
「任せといて、夕飯の準備でもして待っててよ。」
勢いよくドアを開けて車外へと飛び出す――2、3度地面を転がってから態勢を立て直す。
「さて、いきますか――ブースト!」
今から語る物語は、アタシが”ジャンヌ”になる前の話だ――
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その頃のアタシは辛い生活を強いられてはいたものの、まだ純情な少女だった。 母親と二人での生活だったかが、家族といられるという小さな幸せだけで生きていけた。
村の人達は、そんな私達を仲間外れにしていた――何故かって? それはアタシが悪魔の子だからさ。 ……まずは悪魔の話をする必要があるか。
ある日、空から大きな白い塊が下りてきた。 それは槍も通さず、矢すら弾き返す恐ろしいものだった。 しかし、その白い塊の中から出て来たのは、アタシ達と同じ姿をした者達だった。 違いがあるとすれば、金色の髪に青い瞳、そして白い肌だ。 私達は赤や茶色、黒等の髪色なため、彼らは酷く目立った。 肌の色も褐色のため、彼らの白い肌は死人を連想させた。
彼らが何をしにやってきたのかだって? それはね――略奪だよ。 奴らはアタシ達の世界を壊しにきた悪魔だったのさ。 全てを壊し、凌辱し、汚していく…… もちろん無抵抗だったわけじゃない。 皆武器をとって戦ったに決まっている――でも勝てなかった。 どんな武器も通じず、逆に見た事も無い武器を使われれば、すぐさま穴だらけにされて殺されてしまう。 誰もが恐怖し――やがて屈した。 奴らの玩具に成り下がったってわけさ。
じゃあ話を戻そうか。 ――もう察しはついただろ? どうしてアタシが悪魔の子なんて呼ばれるかって。 そうさ、アタシの父親は悪魔なんだ。 悪魔が無理矢理お母さんを襲って生まれたのがアタシって事。 黒髪の褐色なのに、悪魔の子を証明するかのように青い瞳が自己主張しているのさ。
それでもお母さんはアタシを愛してくれていた。 それだけがあの時のアタシの心の支えだったのさ。 そう、あの日までは……
「お願いっ! その子だけは!」
「ぴーぴー泣いてうっせぇなぁ。 おい、どうするよ?」
「俺面白いゲーム思いついちまった!」
「じゃあお前に任せるわ!」
アタシ達は5人の悪魔に掴まった。 奴らは当然”銃”を持っていたため、アタシ達が敵うわけがなかった。
「よーし、いいか奥さん? 子供を助けたかったら自分の腹を掻っ捌いてみな? このナイフを使ってよよぉ。」
「ひっ!?」
そう言って悪魔はお母さんにナイフを握らせる。
「子供は自分の命より大事って言うだろ? そいつを証明してくれよ、俺一度見て見たくてさ――親子愛? ってやつを。」
「……」
「出来るよなぁ? 出来ねぇなら娘をこの場で犯し尽くすだけなんだがなぁ!?」
「おかあさぁぁん!!」
その時のアタシは泣き叫ぶしか出来なくて、思い出すだけで情けなくなる。
「や、やるわ……!」
「いいねぇ、泣けるねぇ。」
お母さんは覚悟を決めると、雄叫びを上げながら自身の腹にナイフを突き刺した。 頭まで響く酷い声を上げ続けながナイフを横へ、縦に切り上げたり、出来うる限り自身の腹を切り裂き続けた。
「奥さんおつかれ~、おーい、聞いてます?」
「……」
――当然お母さんは死んだ。 白目を剥いて、口から泡を吹いて、とても人間の死に方ではなかった。 アタシ達に尊厳なんてものは存在しないのだ、所詮悪魔達の玩具……好きなように遊んで、飽きたら捨てられるだけ。
「じゃあお嬢ちゃん、そろそろやるか?」
当然、悪魔達が約束を守るわけがなく――アタシも所詮は悪魔の玩具なのだと実感させられた。 でも、私は運命を受け入れなかった。 悪魔の汚らしいモノを思いっきり噛み切ってやった。 それがアタシに出来る唯一の抵抗だった。 ――怒った悪魔達はアタシの手足を切り落とし、抵抗出来ないようにしてから行為に戻ろうしたのだ。
――そこで、アタシの記憶は一度途切れる――
一つだけ覚えているのは、ただ”生きたい”という願望だったような気がする。
―――
――
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次にアタシが目を覚ましたのは真っ白い部屋の中だった。 体中をよく分からないもので繋がれ、変な音が定期的に鳴って気が狂いそうになる。
そこには3人の鏡のようなものを目につけた悪魔達がアタシを観察していた。 後で聞かされたのだが、アタシを研究していたらしい。 なんでもあの状況から5人の悪魔を殺したらしい――どうやったかはアタシ本人にも分からないが。 兎も角、その力を解明するためにアタシを治療して観察していたってわけだ。
そんな日が続く中、真っ白な部屋が赤く点滅し、けたましい音が鳴り響いた。 あまりの煩さに耳を塞ぎたくなるが、両手が無いので塞げない。 手足を失ったアタシは芋虫のように這いずる事しか出来ないのだ。
それでも生きたくて、アタシは床を這いずりながら前へと進む……
「お前さんかい、奴らをぶち殺したってのは。」
「え……?」
いつの間にかアタシの前に、一人の老人が立っていた。 白髪をポニーテールにし、悪魔達がつけていた鏡と似たような黒い物を頭に乗せている。 ――白い肌から悪魔の仲間だというのは一目瞭然だった。
「そう警戒しなさんな、私の名前はクレア――皆からはドクタークレアと呼ばれている。」
「……」
「お前さん、ここから逃げたいか? 生き残りたいか?」
「……うん。」
罠の可能性も考えはした。 でも、アタシに選択肢が無いのも知っていた。
「よし、なら行こうかね。」
そう言うとクレアは軽々と私抱き抱える。 久々に、温もりを感じた気がした。 妙に安心するというか、懐かしいというか…… そんな事を考えているうちにアタシは眠りに落ちた。
次に目を覚ました時には、柔らかいベッドの上だった。 まず最初に違和感を感じたのは、手足がある事だった。 しかし、以前のように思うようには動いてくれないが。
「おや、目が覚めたかい?」
「……おはよ。」
「流石にすぐには動きはせんぞ。」
よく見ると、自分の手足が銀色だという事に気づく、そしてクレアの両手も同じ……
「な~に、慣れれば私のように自由に動かせるようになる。」
「どうして助けてくれたの?」
「正義の味方が子供を見捨てるわけがないだろう?」
「……胡散臭い。」
「まぁ本音はお前さんの力さね。」
「ふーん。」
「私達レジスタンスは戦力を欲している、そこに兵士共5人をぶち殺した女が掴まってると聞いたじゃないか。 即戦力は喉から手が出る程欲しいに決まっているだろう?」
このおばあさんは非常に胡散臭い、でも嘘をついている感じはない。 ――直感だがそう感じる。
「それで、そのレジスタンスに参加してアタシにメリットはあるの?」
「その鋼の手足をくれてやる。 しかもメンテまで無料だ――どうだ?」
「――いいわよ。 アタシも丁度、悪魔共をぶち殺したかったのよ。」
「なら契約は成立だ――えっと、お前さん名前は。」
「アタシは……」
自分の名前を言おうとして――口を紡ぐ。そうだ、アタシはもうあの日にお母さんと共に死んだ。 弱い自分はもう必要ない。
「いや、アタシに名前をくれない?」
「ふむ――じゃあ、おあつらえ向きの名前があるよ。」
「じゃあそれでいい。」
「わかった、宜しく”ジャンヌ”」
こうしてアタシはジャンヌになった。 ――悪魔を狩る、聖女ジャンヌに。
「さて、いきますか――ブースト!」
ポケットからヒューズのような物――カートリッジを取り出して両足にセットする。 それと同時に両足の出力を全開にして大きく跳躍する。 その先にあるのは悪魔達の前線基地、アタシの目的は勿論、こいつらを皆殺しにする事だ。
「さぁ、パーティーの始まりだ!」
―――
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ゆっくりと本を閉じて元の場所へと収める。 いつの間にか外は真っ暗になっていた。
「やぁお疲れ様。 丁度食事の準備が出来て呼びに来たところなんだ。」
確かにどこからかいい匂いがしてくる。 ――お腹の虫が空腹を自己主張し始めた。
「ふふっ、嬉しそうでなによりだ。 一時だが家族として宜しく――」
町外れにある不思議な図書館。
此度の開館もここまで。
次の開館は、小さな管理人のみぞ知る。