表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/9

真冬の図書館 (短編:籠の中の少女)

「今度はこの吹雪の中か、本当に君は……」



そう言って、玉耀という名の少女は呆れながら図書館の中へと受け入れてくれた。

毎度の事で彼女も慣れて来たという事なのだろうか?



「しばらくストーブの前で温まるといい、コーヒーでも用意するよ。」



そう言って奥へと消えていく。

薪ストーブの温かさが骨身に染みる。


ふと、手に届く範囲にある本棚から適当に1冊を手に取る。

表紙は分厚く、かなり硬い材質のようだ。

タイトルは”籠の中の少女”と書かれていた。



「おや、その本は……」



戻って来た玉耀さんは、コーヒーを手渡すと手に取った本を凝視した。



「――鍵が外れている。 そういう事か。」



首を傾げながら彼女を見やると、悪戯めいた笑顔でこちらを見返してきた。



「つまり”彼女”が君を認めたって事さ。 まぁ、その本を読んでみるといい。」



正直訳が分からないが、読むという行為に変更はない。

ゆっくりとその本のページをめくった。



―――


――




お母さんが言っていた。

純白の塔には絶対に入ってはいけないと。

そこにはこわーい怪物がいて、頭からバリバリと食べてしまうらしい。

まぁそんなの、子供を怖がらせるための嘘だって私は知ってるけどね!


だから私は、純白の塔にこっそり忍び込んだんだ!

長ーい螺旋階段を登って最上階を目指す。

途中に部屋も無ければ通路もない、ずっと階段が続いていた。

正直私は飽きてきた。



「これまだ続くのぉ……」



でも、ここまで来て戻るのもなぁ。

窓もないから外に出る事も出来ないし……



「あぁもう!」



私は一気に駆け出した。

何も考えずにそうした方が楽だと悟ったからだ。

もし怪物がいたら、私がやっつけてやればいいだけだし。



――




「はぁ、はぁ……」



やっとのことで最上階へと辿り着いた。

でもそこにあったのは、大きな檻だった。

本当に怪物が閉じ込めてあるのかと少し怖くなった。



「――誰?」


「ひっ!」



突然声がした。

しかも檻の中から!



「時空龍の子供……?」


「か、怪物さんなの?」



声の主は、檻の奥からこちら側へと歩いてくる。


どうしよう、食べられる!


私は恐怖で動けなかった。



「そんなに怯えないで、小さな龍さん。」



声の主が指を鳴らすと、部屋にある松明の炎が強くなった。

暗くて見えなかった檻の中がはっきりと見えるようになる。



「怪物、じゃない?」


「こんにちわ。」



声の主――少女は挨拶して微笑んだ。



「こ、こんにちわ。」



少女は綺麗で長い銀髪をなびかせ、不思議そうにこちらを見やる。

その蒼い瞳は吸い込まれそうなくらい綺麗だった。



「でも、こんな所に龍の子が来るなんて初めてね。」



少女が首を傾げると頭に見える耳も一緒に傾く。

話で聞いた事がある。 どこかの世界に彼女のような獣の耳と尻尾を持った住人がいるという。

でも何故この檻の中に閉じ込められているのだろうか?


監禁されているわりには身に纏った衣服は綺麗なままだ。

私達が着ている”和装(わそう)”と少し似ている気がする。



「ここには怪物が出るってお母さんが……」


「それなのに来たの?」


「うん。」


「あらあら、悪い子ね。」



そう言って笑った。



「あなた、名前は?」


「――銀華(ぎんか)


「銀華ちゃんね、私は綾香(あやか)よ、宜しくね。」



それが私達の、初めての出会いだった。



―――


――




それから私は、よく綾香ちゃんの所に通うようになった。

私と同じくらいの子供なのに、綾香ちゃんはとても物知りだった。

学校の先生でも知らない事を色々と教えてくれた。



「それでね、晧月(こうげつ)がこーんな顔でね!」


「ふふっ、それで?」


「姫様はもっとお淑やかにするべきです! って怒ってくるのよ?」


「あらあら、真面目な方なのね。」


「ねぇ綾香ちゃん。」


「なぁに?」



私はどうしても気になっていた。

遂に私は、それを口に出してしまったのだ。



「どうして、綾香ちゃんはここにいるの? 家族の人はどうしたの?」


「……」



彼女は俯いて暗い笑顔を見せた。

そして束縛の証、自らの首輪に手を当てる。



「私はね、神様に連れてこられたの。 お父さんとお母さんはきっともう……」


「ごめん……」


「大丈夫、もう慣れたから。」



そう言って寂しく笑う。

私には、彼女の辿って来た人生は分からないだろう。

それでも、ここから出してあげたいと思ってしまった。



「ここから出たいと思った事はないの?」


「あるわよ、色々考えてみて、不可能だって結論に至ったのよ。」


「――あるよ。」


「えっ?」



彼女の驚いた顔は初めて見た。



「今度、お父さんと一緒にロキアに視察に行くの。

 そこに紛れ込めばお家に帰れるよ。」


「……」



積み込む荷物に隠れればきっとなんとかなると私は思った。

このままでは、彼女はあまりにも可哀想だ。


彼女はしばらく思案したあと、私に尋ねて来た。



「それ、本気なのね?」


「もちろん、友達のためだもん!」


「――ありがとね。」



彼女の瞳に、涙がキラリと光った。



――




作戦はその日のうちに決行された。

檻の鍵は綾香ちゃんが簡単に外してしまった。

二人で手を繋いで、純白の塔を駆け降りる。

目指すは港に置いてある荷車だ。


とにかく真夜中の町を駆けた。

辺りは静まり返り、聞こえるのは虫達の声だけだ。

幸い見回りの大人達は少数で、子供である私達は見つからずに辿り着く事ができた。



「じゃあここに隠れていてね、着いたら私が合図するから。」


「うん、木箱にノックを2・3・2よ?」


「分かってるって!」



そう言って私は彼女を置いて帰路についた。

どうやら晧月に抜け出したのがバレていたらしく、家に帰った私は怒られてしまった。



「こんな夜更けに抜け出して、姫様は本当に!」


「ごめんってば! もうしないから!」


「いつもそうやって――」



晧月の説教は日が昇るまで続いた。

おかげでロキアまでの道中は、ぐっすりと眠ってしまっていた。



―――


――




皆が城に向かっている最中、私はこっそりと荷車の方へと潜り込んでいた。

約束の合図を木箱に送ると、中から綾香ちゃんが顔を出した。



「ついに、着いたのね?」


「そうだよ、きっとここが綾香ちゃんの故郷のはず。」



綾香ちゃんは荷車から降り、辺りを見渡す。

しかし、その表情は喜びの顔へ変わる事は無かった。



「うん、分かってたよ。 でも私の目的を遂げるためには――」


「綾香ちゃん?」


「ありがとうね、これで私もお母さんのように戦える。」


「どういう事なの? 戦うって何と?」


「――自分の運命と。」



その決意を口にした彼女は、とても険しい表情だった。



「ありがとう銀華ちゃん。 またね!」



そう言って町の方に駆けて行った。



「また遊びに来るからね!」



そう言って手を振って見送った。



―――


――




こうして、籠の中の鳥は羽ばたいて逃げて行った。

短い間だったけど、彼女は間違いなく私の友達だった


そして今、私は再びこのロキアの地へと降り立った。



「姫様、このような場所に一体何の用が。」


「黙ってついてきなさい。」



細い路地を晧月と二人で歩く。

向かっているのは街はずれの小さな教会だ。

そこに彼女がいるらしい。



「いた……」



そこに、彼女はいた。

昔と全く同じ姿で、彼女は子供達と戯れていた。



「あら……?」


「綾香、久しぶり。」


「久しぶりね、銀華ちゃん。」



これが数年ぶりの再会であり、最後の対面になるとは、この時の私は思ってもいなかったのだ。



―――


――




「ん、これでこの話は終わりかって? そんなことは無いよ。」



玉耀さんはこちらを向いて微笑む。



「時が来れば物語は開かれる。 そういうものなんだよ、ここの図書館はね。」



町外れにある不思議な図書館。

此度の開館もここまで。


次の開館は、小さな管理人のみぞ知る。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ