晒し刑
最初のゴットヘイトの犠牲者が出た。
犠牲者、と呼べばいいのか、よく分からないけれど、確実にその人はゲーム世界から消えた。
消えた、というのは、実際に見た人が居て、その書き込みから知ることになった。
その人によれば、ゲーム中に、突如、光に包まれたキャラクターが、消滅すると同時に魂となった。
魂というのは形容で、光の玉のようなものになったのだとか。
光の玉は、天空へと飛翔し、消え去ったという。
プレイヤーが死ぬと、”始まりの神殿”に戻される。
しかし今回の一件で死んだプレイヤーは、復活することは無かった。
代わりに、石版があるという。
石版に触れると、先ほど死んだプレイヤーと、他にも死んだプレイヤーのリストが表示される。
指で触れると、そのプレイヤーの情報が、驚くほど詳細に表示される。
彼のプレイヤーIDと、名前と、性別。
これだけでも、個人情報の漏洩で大問題だ。
加えて、ゲーム中の行動記録のすべてが掲載されている。
会話や戦闘記録はもちろん、どんなイベントをこなしたのかも把握できてしまう。
その情報から、プレイスタイルすら明るみになる。
例えば、PKや、迷惑行為、リベンジ行為など、本来知られるはずのない情報も、分かってしまうそうだ。
彼がどういう性格でプレイを行っていたかの、すべて知ることができるわけだ。
つまり、プレイヤーとしてゲーム中に行ったことのすべての情報が詰まっているらしい。
実は、最初にこのゲームを始めるとき、ぼくたちはすでに、ゲーム中の情報収集に合意している。
”このゲームでは情報を収集し、サービス向上に役立てます。
情報収集に協力して頂けますか?”
そんな簡素な文章だ。
軽い気持ちで合意していた。
昨今のVRMMOでは、当たり前のことだし、そもそもイエスを選ばないとプレイが出来ない。
正直ぼくにとっては致命的に不味い状況だった。
夕凪に、ぼくの正体がバレるわけにはいかない。
再び、ゲームにログインするしかなかった。
この世界のプレイヤーのほとんどが集う場所、ワッフルの町にやって来た。
町全体が丸く、格子状に建物が設置されて、まるで、ワッフルのような形をしていることから、この名前が付いている。
ログインしてすぐに分かった。
町の活気が無い。
人が、かなり少なくなっているみたいだ。
情報を晒されるといっても、それほど大した情報も詰まっていないので、多くの人にとっては、ログインする理由も無かったんだろう。
名前や年齢や性別が晒されると言っても、即座に問題になるほどの情報じゃない。
もちろん個人情報漏洩は大問題だ。
今回の情報漏洩で、ゲーム会社ごと潰れる可能性が高い。
未だ、何の説明もなくゲームのサービスを続ける運営に対し、加担するわけではないけど、仕方なかった。
ゴットヘイトは、ログインしていないだけでも溜まってしまう。
少しでも、ぼくの個人情報が、ユーナの目に晒される可能性を避けたかった。
今、ログインしている人たちが、まるで後ろめたいことを抱えているように見える。
自分を基準にしたらそうなんだろうけど、事情はそれぞれだろう。
このゲームは絶対に終わるとは思う。
実は、この奇妙なほど普通にサービスが続いていることに、多少なりとも不気味さは感じていた。
運営に連絡が取れた人は居ないらしい。
籠城作戦? いつまでも、続く話しじゃない。
場合によっては、サイバーテロのようにも思える。
警察沙汰になったら、さすがの運営も観念せざるを得ないだろう。
それまでの辛抱、とでも思っておけばいいんだろうか?
あまりに変化が見えないせいで、このままサービスが継続するんじゃないかと思えてくる。
不安が拭えない。
現実とゲームで、隔離されたような、妙な感覚がした。
「こんにちは、ナギトさん」
ユーナとの待ち合わせ場所の酒場で、いきなり女の子のウェイトレスに話し掛けられた。
ウェイトレスは、白いエプロンに金髪の長髪で、白い肌と華奢な体つきをしている。
ぼくは最初、話しかけられたことに驚き過ぎて、放心しかけた。
酒場などに存在するウェイトレスはNPC、つまりプログラムのはずだ。
こちらが話しかけない限り、決められたセリフを話さないように出来ている。
ぼくの反応が悪いせいか、ウェイトレスは、首を傾ける。
「あれ? おかしいな。
竜狩のナギトさんですよね?」
槍で貫かれたような衝撃が走る。
どこでそれをと言いかけたけど、やめた。
毅然とした振る舞いで、言い切った。
「人違いです」
「え? 光の騎士、ナギトさんですよね?
それとも、†殺戮天士†、ナギトさん?
ダークフレイムカオストルネード」
「と、と、ちょっと待った! 何で知ってる!?」
堪らずに遮るしかなかった。
ウェイトレスは、NPC特有の張り付き笑顔で答える。
「あなたはここによく立ち寄っていたじゃないですか」
事実ではある。
酒場は、イベントの情報を仕入れる場所の一つだ。
酒場自体がイベントの対象になることもある。
それより大事なのは、先ほどから言っているナギトという名前。
これは、ぼくが昔使っていたアカウントのキャラ名だ。
使わなくなって、すでに半年以上経過している。
名前からして醸し出される痛いオーラはまさに、黒歴史と呼ぶに相応しい。
「それでナギトさん」
「その名前で呼ばないでくれないかな?」
「どうしてですか?」
「どうしても何も、今はコータで通ってる。
そっちに合わせてくれないと混乱するでしょ?」
「なるほど。ではこれからはコータさんと呼びますね」
これまでのウェイトレスは、定型文で返すだけの、空気のような存在だった。
それが生き生きと、話し掛けてきて、あまつさえユーザーの、それも、ぼくの昔のアカウントを知っている。
こんなに柔軟なAIは見たことがない。
薄々気づくところがあった。
彼女は、AIではなくて、運営じゃないのか?
狂った世界で、NPCもまた人格を持つようになった――という風に思わせるための演出の一つと考えられなくも無い。
昔から、ゲームがリアルになるとか、その手の題材の創作は尽きない。
よくあるのは、ゲーム世界に閉じ込められて出られない、てことだ。
しかし、ぼくらの場合、出入りは自由だし、デスゲームを強いられる様子もない。
しょぼい個人情報一つと、アカウントの消滅。
この程度でゲームが成立するのかという話しだ。
「ユーナ様!」
ウェイトレスが突然感嘆したようにユーナの名前を呼ぶ。
見れば、確かにユーナが、すぐ近くまで来ていた。
あまりに考え事をし過ぎて、回りが見えなくなるのは良くない癖だ。
反省しつつ、ユーナを観察すると、喫驚している様子だった。
「これどういうこと?」
ユーナは、驚きながらも、歓喜しているように見える。
不味い、凄く興味があるみたいだ。
ぼくの推測を話してもいいけど、証拠もないし、出来れば自然に、ウェイトレスが離れるようにするしかない。
「よく分からないけど、話せるようになったみたいだね」
「凄い! あなたお名前は?」
「酒場のウェイトレスです」
「あはは、そのままなんだ」
ユーナの素直過ぎる反応に、内心ツッコみたくもなる。
もう少し疑って掛かるべきだ。
ユーナは持ち前の、コミニケーション能力でもって、ウェイトレスに質問しまくりで、ぺちゃくちゃ喋っている。
しまった、まったく会話に介入する余地が無い。
こういうとき、自分のコミニケーション能力の低さを自覚する。
ぐぬぬ、と言う思いにジレンマを感じながら、会話に夢中な彼女らを眺めているしかなかった。
世間話をしている様子で、その内、まぁいいか、ユーナが楽しそうなんだし、と思えてきてしまった。
諦めたことを、馬鹿丸出しで正当化している頃、ぼくのそばに近づく、プレイヤーの姿に気がついた。
屈強な男性のキャラクターだ。
短髪で、凄くガタイの良い、いかにも頼りがいのある。
赤い装飾の軽装。
背中の剣に、ぶら下げるアクセサリーは課金装備。
レア度が高く、金額的に言ってバカに出来ないレベルのものだ。
「君は、ナギトなんだよね?」
聞かれていたことに、内心舌打ちだ。
ナギトの名前を知られていることでいい思い出が無い。
「いやぁ、あれは勝手に相手が呼んでただけで」
「You Cubeで、ソロ動画上げてたのを見たよ」
You Cubeは、大手のインターネット動画投稿サイトのことだ。
ぼくは昔、伝説の英雄のプレイ動画を、その動画サイトに投稿していたことがある。
他人にトラウマを触れるのが一番応える。
変な汗が出てきた。
「だから人違いで」
素知らぬ振りを続けるのも、重しを乗せられるような拷問に近い。
今すぐ逃げられるものなら逃げている。
ただ、そんなことをしたら、ナギト本人だと言っているようなものだ。
「君の動画を凄く参考にしてたんだよ」
意外な返しがやって来て、驚いた。
「参考に、した?」
「そうさ。挑発的な発言が多かったけど、プレイヤーとしての実力は本物だった。
あの動画で、批判されてしまって消えてから、凄く残念に思ってたんだけどね。
わたしは、君のことを忘れたことがないよ」
気の重さが吹き去っていく。
代わりに、じんっと来る嬉しさが、素直に芽生えた。
そんな昔の、ほとんど無名だったプレイヤーのことを、評価してくれている人が居たことが、少し、救われたように思う。
いやいや、また簡単に信じてどうするんだ。
純情少年じゃあるまいし、いちいち真に受けてどうするんだ。
気を取り直して、相手に聞いた。
「あなたは?」
「白玉団子」
白玉団子と言えば、団子団とか言う、有名ギルドの団長の名前だった気がする。
名前ぐらいは知ってるけど、合うのは初めてだ。
彼は、続けてぼくに話した。
「単刀直入に言わせてくれ、君にあるイベントを手伝って欲しいんだ」
ちらりと、ユーナの方を見た。
彼女はカウンター席までウェイトレスを追いかけて、そこでまだ話しをしているみたいだ。
改めてぼくは指定した。
「席を少し移動してもいいですか?」