おおきなおおきなヒト
「君は実に不愉快だ」
小学生の頃、隣の家の大人に言われたことがある。
普通の二階建ての一軒家に、車一台停められる駐車ガレージのある俺の家と比べて、隣の家は別世界に見えた。
四階建てで、車5台を所持していて、広い公園くらいの庭があり、薔薇が咲いていた。ときおり、猫や犬の鳴き声も聞こえ、子供心に金持ちの家なんだと思っていた。
隣の家主は、大学の教授らしく、無精髭をはやした大人らしい大人だった。
あまりに大きな家だったから、大家族なのだと思っていたが、一人で暮らしていると、俺の父親に聞いた。
「君は実に不愉快だ」
と、小学校から帰宅した俺は声を掛けられた。
「こえをかける」ときに相応しい内容であったかは別として
しっかりと俺を見据えた言葉だったのは覚えている。
ご近所付き合いというのは、ここ最近薄れてきていて、人と人との繋がりが希薄だと社会問題になっていたが、
俺のとこも例外でなく、その時まで隣のおじさんとはなんの関わりもなかった。
その時までというと、語弊があるかもしれないが
その時からも対して深い繋がりができたわけでもない。
その言葉を聞いてまず感じたのは
驚き
声を掛けられた驚きであり、
内容への驚きだ。
次に怒り
どうしてそんなことを言われなければいけないんだと、俺は心の中で憤っていた。
次に恐怖だ
そんなことを無表情に伝えてきた大人に殺されるのではないかと俺は危惧した。
だがしかし、
無表情の大人はさっきの発言を忘れたかのように視線を外し
庭の薔薇を眺めていた。
反応に困り、少しの間その大人を目で追う。
薔薇を無心で大量に指で折り、棘が刺さった指から血を滲ませながら、ぼうっと空中の一点を見つめ、そのまま家の中への入っていく。
地面には散った薔薇を残し。
こわい
単純にそんな感想を持った。
その出来事は俺にとってトラウマだった。
トラウマを与える恐怖を親にも話せなかった。
怖い、恐い、強い。
初めて言葉として突き刺さった他人からの自分の評価だった。
「不愉快」の意味を理解していた訳ではないが、嫌な言葉として響いた。
知らない言葉を辞書で調べる行為くらい知っていても、調べることが恐怖だった。
そんな昔の記憶をただ眺めていた。
大人になった俺は、その出来事を意味のないものだと認識していた。
偶然に、不運に体験した出来事だと。
しかし、こわいという感情は変わってはいない。
ただ何をするのも他人の目が気になり、臆病に今まで過ごしてきた。
無邪気だった小学二年生のあの日以来、俺は大人によって押さえつけられたのだ。