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愛憎のラプンツェル  作者: 銀ねも
第八話 狂気
77/227

罪悪感

 ***


 ガーダモン・ルン・ルース公爵の死は、ラプンツェルの心に暗い夜の帳を下ろしてしまった。太陽は裏側に引っ込んだきり出て来ない。明るい月も瞬く星星も、不穏な黒い雲に覆い隠されている。


 ラプンツェルは復讐に固執するあまり、周りが見えていなかった。とどのつまり、ルナトリアを巻き込み、ルース公爵を死に追いやってしまった。


 間接的な人殺しだ。罪の深さに、ラプンツェルは恐れ慄いた。


(私はニーダーとルナトリアの仲を引き裂きたかっただけ。こんな筈じゃなかった。誰かが命を落としてしまうなんて、私には予想できなかった!)


 ラプンツェルは自分自身に言い訳をした。けれど、所詮はただの言い訳だ。

 百歩譲って、ルース公爵が自殺する可能性を想定することは、難しかったかもしれない。しかし、ルナトリアの不倫を知ったルース公爵が激怒し、ルナトリアを手にかける可能性ならば、十分に予測できた。ルース公爵はちょっとしたことで、ルナトリアに酷い暴力をふるっていたと、ラプンツェルは知っていた。


 ルナトリアの不義密通が露呈するまでもなく、ニーダーの正体を知り、絶望したルナトリアが、死を選ぶ可能性も捨てきれなかった。

 ルナトリアの中で、ニーダーは美化され、限りなく神に近いものになっていた。ルナトリアにとって、ニーダーは彼女の地獄における唯一の拠り所だった。ノヂシャとルナトリアの心が響き合ったから良かったものの、うまくいかなければ、服毒したのはルナトリアだったかもしれない。


 ラプンツェルの復讐心が、ニーダーではない、他の誰かを傷つける。気をつけるべきだったのに、ラプンツェルは注意を払わなかった。ニーダーの首を刎ねる為に、凶器を振り回すことに躊躇いがなかった。一時の感情の爆発に任せて、周囲の人々をかえりみなかった。他の人を傷つけた時、その罪を背負う覚悟を、ちゃんと用意出来ていなかったのに。


 それだけではない。ラプンツェルはルナトリアに嫉妬していた。聖母のような微笑みを絶やさない、美しいルナトリアが妬ましかった。ニーダーと健全な信頼関係を結ぶルナトリアが、羨ましかった。


(ルナトリアの絶望を目の当たりにしても、私は何も感じなかった。どうして? 心のどこか薄暗い部分で、ルナトリアがどうなっても構わないと、思っていなかった?)


 そんなことはない。ニーダーへの憎悪で、心が麻痺していただけだ。そう、きっぱり否定出来れば、苦悩することはなかった。


 ラプンツェルは、人を一人死に追いやる程の苦しみを、ルナトリアに与えてしまった。ルース公爵の死は、ラプンツェルに自分がした事の重大さを、まざまざと見せつけた。


 眠れない夜が続いた。まんじりとすると、夢枕にルナトリアとルース公爵が交互に立つ。責め苛まれる悪夢に魘されて、飛び起きた。汗みずくになって、がたがた震えていると、隣で眠るニーダーも目を覚ます。ニーダーは眠りが浅く、ちょっとしたことで覚醒するのだ。


 ニーダーが血相を変えて心配するので、ラプンツェルはおちおち、まどろむことも出来ない。タヌキ寝入りで夜をやり過ごした。不眠のつけが回り、食欲不振、虚脱感などにも悩まされた。


 ラプンツェルは日を追うごとに、しょぼくれ、無気力になった。荒れた肌と目の下の隈を指摘されれば、悪阻の症状なのだと誤魔化している。けれど、ニーダーとメイドたちは、いつまでも騙されてはくれないだろう。


(それに、他の誰よりも、この子を誤魔化せないよね)


 ラプンツェルはお腹を撫でて、溜息をついた。このまま不摂生な生活を続けていると、お腹の子にも悪影響を及ぼすに違いない。いるかどうかさえ、定かではない我が子ではあるけれど、ラプンツェルの罪を一緒に被らせる訳にはいかないだろう。


 ラプンツェルは悩みに悩み、挙句の果てに、決心した。


(ルナトリアに会って、謝ろう)


 本当ならば、ルース公爵にも謝らなければならないけれど、死人に謝罪は出来ない。


 謝ったところで、どうにもならない。ルース公爵は生き返らない。ルナトリアが失った心の中の大切な宝物は元に戻らない。それどころか、ルナトリアの心の傷を抉ることにもなりかねない。


 けれども、偽善と欺瞞に満ちた謝罪という行為で、ラプンツェルの心にかかる負荷は軽減される。利己心だけに突き動かされる、醜悪な選択だが、そうしなければにっちもさっちもいかない。


 ところで、ルナトリアに会うには、どうしたら良いのだろう。

 木枯らしが吹きすさぶ寒空の下で、ルナトリアとノヂシャは、今も東屋を利用しているのだろうか。そもそも、ルース公爵が亡くなったばかりで、ルナトリアは来るのだろうか。


 困った時は、リディが頼りである。リディは知っていることを、包み隠さず教えてくれた。けれど、いつもとは様子が違った。噂好きのリディはどんな噂を語る時も、うきうきしていたのに、この時ばかりは、冬の寒さに耐えているような、厳しい顔をしていた。


「夏の終わり頃から、ルナトリア様のお姿をお見かけしなくなりました。なんでも、お体を壊され、床に伏せっておいでだったそうです。その後は順調に回復され、ノヂシャ様の許へ通われるようになりました。その矢先のことです。ルース公爵がお亡くなりになられたのは……。ルース公爵がお亡くなりになったと言うお知らせを、ルナトリア様は東屋でお受けになったそうですよ」


 リディは顔を顰めた。顔いっぱいに、嫌悪感がありありと浮かんでいる。憤懣やるかたなし、とリディは鼻息をついた。


「ルース公爵の喪が明けないうちから、ルナトリア様はノヂシャ様と逢瀬を重ねられていらっしゃいます。花も葉も落とした、まるで骸のような薔薇の灌木に囲まれた東屋で、楽しげに談笑なさっておいでですわ……ぞっとします」


 リディは声に出さず、汚らわしい、と言った。続けざまに舌の矛を閃かせる。


「ブレンネンの淑女の鑑と謳われたルナトリア様が、ここまで享楽に耽溺たんできし堕落してしまわれるなんて……はっきり申し上げて、幻滅しました。あの体たらくでは、ルナトリア様がルース公爵を疎ましく思い、毒を盛ったという噂も、あながち的外れではないかもしれません。陛下のご意向で、ルース公爵の死は自決とされ、これ以上のお調べは無いそうですが……ルナトリア様は、陛下まで懐柔されたのでしょうか……」


 そこまで言ってしまってから、リディは話し相手がニーダーの妃であったことを思い出したらしい。愕然として色を失い、平謝りするリディを宥めながら、ラプンツェルは奥歯を噛みしめていた。


 ラプンツェルが目まぐるしい日々を過ごしている間に、ルナトリアの評判は地を這っていた。今回の醜聞で、地中に潜ったかもしれない。


(どうしちゃったの、ルナトリア。せめて、ほとぼりが冷めるまで、ノヂシャに会うべきじゃないでしょう)


 呆れて嘆くのは簡単だけれど、ルナトリアが冷静な判断が出来なくなるまで、禁断の関係にのめり込ませたのは、他でもないラプンツェルだ。心が痛んだ。


 一刻も早く、ルナトリアに会いたい。翌日、ラプンツェルは行動を起こした。


 メイド達を、読書に集中したいからと、部屋から追い立てる。ほんの一刻で良いから、そっとしておいて欲しいと言い含めておいた。


 メイド達は、常に誰かの目がある暮らしに、ラプンツェルがうんざりし始めていることに気付いてくれていた。だから、一刻の間は、部屋に誰も近寄らせないと約束してくれた。

 ニーダーからは、一瞬たりとも目を放さないように、言いつけられているだろう。メイドたちは、ラプンツェルが関わると、ニーダーがブレンネンの名王ではなくなることを知っている。ニーダーの命令に背くことは、時として命懸けだ。


 そうであっても、彼女たちはラプンツェルに仕えているのだ。可能な限り、ラプンツェルの望みを叶えてくれる。


 甲冑の置物のように、凝然と動かずに待機している騎士のゴルマックも、メイドたちはうまく言い包めて連れ出してくれた。


 誰もいなくなった。ラプンツェルは気持ちを落ち着ける為に深呼吸をする。バルコニーに出て、部屋を抜け出した。


 一人でふらふら出歩くことが、まだ安定しない時期の妊婦にとって、良くないことはわかっている。それに、ノヂシャのこともある。ノヂシャが何を考えているのか、ラプンツェルにはわからない。何をしようとするかは、もっとわからない。


 一人で部屋を出てはいけないと言う、ニーダーの忠告は頭にあった。ニーダーは正しいと思う。もう一人の体ではないのだから、思慮深くなり、自分自身を守るべきだ。


 ルース公爵の死を知り、自分がしたことが、最悪の事態を引き起こしたことを知った。そして、罪の意識に苛まれ、日常生活に支障をきたす。だから、ルナトリアに謝りに行く。そうすれば気が済んで、解決するだろうと考える。我ながら、短絡的な思考だとラプンツェルは自嘲する。

 でも、そうせずにはいられないのだ。


(大丈夫、平気よ。ほんのちょっとの間だけだもの。大変なことにはならないわ。ルナトリアに会って、事情を話して、謝るだけなんだから)


 ルース公爵の死を、ルナトリアはどう受け止めているだろう。ルナトリアは、自分を責めているかもしれない。だとしたら、ルナトリアに謝罪をすることは、意味があると思う。ルナトリアが彼女自身の他に、責めるべき相手を得られるのだから。


 リディの情報によれば、ルナトリアは昼前に東屋を訪れる。ノヂシャとはそこで落ち合うらしい。ラプンツェルは東屋に向かった。


 ノヂシャが来るのが早ければ、ノヂシャとも会うことになるだろう。気が進まないけれど、足踏みしてはいられない。進むしかなかった。

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