言い争い
身構える間もなく、ラプンツェルは寝台に横たえられた。
ニーダーが覆いかぶさって来る。檻が降ってくるようだ。ラプンツェルは目をきつく瞑った。逃げ出さずにいるのが、精一杯である。
ふと、ニーダーの動きがとまる。ニーダーの指が、ラプンツェルの目許に触れた。
「……泣くほど、私に触れられるのは嫌か」
ラプンツェルは少し瞼を持ち上げた。濡れた指先を、ニーダーは苦々しく見つめていた。
ニーダーにしても、この展開は不本意らしい。ラプンツェルによく似た姫が欲しいと言った、あの安らかな微笑みは名残すら、消えてなくなった。
ラプンツェルは、どうしようもなく切なくなった。瞼を伏せて、濡れた瞳を隠す。濡れた目許をごしごしと擦って、呟いた。
「あなたに触れられるのは、嫌な訳じゃないの。私は、あなたの妻だもの。でも……売り言葉に買い言葉で、こうなるなんて……やっぱり嫌……」
ニーダーの視線を感じる。それに応えずにいると、ニーダーは長息を吐いた。
「……同感だな」
そう言って、ニーダーはやおら身を起こす。寝台を降りて、靴をつっかける。長椅子の背もたれに引っかけていたガウンをはおり、真っ直ぐに扉へ向かった。
ラプンツェルは寝台の上で横座りになってニーダーの動向を目で追っていた。ニーダーが扉の取手を掴んだ時、驚いて、ついに声をかける。
「何処に行くの?」
ニーダーは肩越しに振り返る。唇の端に、あるかなしかの笑みを灯して、言った。
「日を改めよう。今宵は寝所を別にとる」
ラプンツェルは目を瞠った。
使用人を叩き起こすつもりだろうか。この城の使用人ならば、いつ呼ばれても良いように待機しているだろうが、こんな夜更けに、手を煩わせるのは気が引ける。ラプンツェルは少し逡巡した後、ニーダーを引きとめた。
「別に、一緒に寝てもいいじゃない。いつもみたいに」
ニーダーが体ごと振り返る。ラプンツェルは目を皿にした。ニーダーは苦虫をかみつぶしたような顔をしている。
ラプンツェルは、何かまずいことを言っただろうかと、気をもんだ。引きとめない方が、あとあとまずそうだと判断したのだけれど、間違っていただろうか。
ニーダーは銀髪をかき混ぜると、苛立たしげにまくしたてた。
「君は私の男としての機能を見縊っているのか? それとも、私の自制心を買いかぶっているのか? 私は君を愛している。君が言う邪な想いも、そこに含まれるのだぞ。私が想いを持て余し、劣情を催し君に乱暴したら、君はますます私を嫌うだろう。だからずっと堪えてきた。少しずつ君に触れ、君の強張りが解けた頃合いを見測り……今宵、積年の想いを遂げようと、意気込んで来てみればこの様だ。それなのに、ここに残って、君の隣で眠れと? 君は子どもだから、無邪気に私を信じているのか? それとも私を手玉にとって弄んでいるのか? どちらなんだ、君がわからない!」
ラプンツェルは呆気にとられていた。
ニーダーが、ラプンツェルを欲して、悶々としながら過ごしていたなんて、夢にも思わなかった。
ニーダーは少女めいた潔癖さで、性交渉を恐れているのだとばかり思っていたのだ。事実、ラプンツェルが迫った時は、きっぱりと拒絶した。
信じられない。しかしニーダーは、凄まじい目つきでラプンツェルを睨んでいる。
ラプンツェルは枕を引き寄せ、盾にした。枕の陰からおずおずと顔を覗かせる。
「私、いいって言ったと思うけど」
ニーダーは鼻息をつくと、ぷいっとそっぽをむいた。
「私も言ったぞ。いたしかたない、と結ばれるのは不本意だと」
いじけた子どものような態度だ。いつもなら、呆れて受け流すところだが、この時ばかりはかちんときてしまった。
ラプンツェルは肩を怒らせて、枕を膝に叩きつける。
「じゃあ、どうしろって言うの!? 私から誘ってもあなた、嫌がるでしょ!」
ニーダーはびくりと肩を跳ねさせたが、目を三角にして、つかつかと歩み寄って来た。寝台の傍で立ち止まると、胸を膨らませ、大声を出した。
「君の行動は突飛すぎる! 私にも心の準備というものが要る!」
「心の準備!? 『据え膳食わぬは男の恥』って言葉知らないの!? あなたって、女の子みたいだよね!」
「お、女の子!?」
ニーダーが驚愕に目を見開き、たじろぐ。ラプンツェルは勢いに乗って、追撃を仕掛けた。
「ぴったりでしょ! ロマンティストで、恥ずかしがり屋で、いちいち面倒くさいひと! 言っておきますけどね、夜の営みって、お上品に飾っても、やることは結構生々しいのよ! おわかりかしら!?」
そう言い放ち、ラプンツェルはふふん、と鼻先で笑った。ニーダーを言い負かしてやった。晴れやかな達成感に心が満たされる。
ニーダーは静かだ。音もなく近付いて来て、靴を脱ぎ捨てると、膝で寝台に飛び乗り、ラプンツェルににじり寄って来る。
大きな寝台と言っても、逃げ場はない。ラプンツェルは、鷲に捕まった小鳥のように、身動きが取れなくなった。ラプンツェルの鈍い頭は、漸く警鐘をならす。
「ニーダー?」
ニーダーを呼ぶ声が震える。ニーダーは真顔で言った。
「君の純潔が偽りではないのなら、君よりは心得ているつもりだ」




