疑惑
ニーダーの声調は固く、目は据わっている。ラプンツェルの混乱の波がひいていく。
世継ぎとなる王子をもうけることは、晩婚の王と王妃に課せられた急務なのだ。
ニーダーは大方、周りにそれとなく急かされたのだろう。そうでなければ、奥手なニーダーが迫ってくる筈がない。
つまり、ニーダーがラプンツェルを欲しているわけではないということだ。
(あり得ないでしょ。ニーダーは子どもみたいなものなんだから。ああ、嫌だ。取り乱しちゃって、恥ずかしい。自意識過剰なひとみたい)
ラプンツェルは、一安心した。ところが、なんだか胸の内側がもやもやして気持ちが悪い。よくわからないまま、ラプンツェルはつけつけと言った。
「そういうのは、授かりものだよ。男の子が生まれるとは限らない。女の子ならいらないの?」
言ってから、ラプンツェルは己の語勢が思いの外強いことに当惑した。
ニーダーはブレンネンの国王として務めを果たそうとしている。王子を得る為に、ラプンツェルを抱こうとしている。
ニーダーはブレンネンという、大きな時計を動かす、重要な歯車だ。ニーダーの妻となった時点で、ラプンツェルも部品としてそこに組み込まれている。
そんなこと承知の上なのに、どうして面白くないと思うのか。ラプンツェルは自分で自分が不思議だった。
(変なの。初めては白馬の王子様と、愛し愛され薔薇のベッド。なんて……今更、夢見てるわけじゃないのに)
あまつさえ、相手はニーダーである。ラプンツェルはニーダーを愛せやしない。愛し愛されず、ただ歯車のように噛みあう行為に反感を持つ理由はない、筈だ。
(でも、そうね……生れてくる子は可哀そうだ。女の子だったら、皆にがっかりされるんだろうし、男の子だったら……私はその子を利用する)
ニーダーは考え込んでいた。おもむろに口を開く。
「血を、次代へ繋がなければならん。王位継承権はブレンネン王家の男児のみが有する。王子をもうけることは我々の使命だ」
正論だ。ラプンツェルは、反駁しそうになる唇を引き結んだ。ニーダーは絡み合わせた指をゆっくりと解く。解放感より、喪失感が先だった。
ニーダーが吐息で笑った。聞きわけのない妻だと呆れているのだろう。ラプンツェルはじとりとニーダーを睨み上げる。
予想に反して、ニーダーは厳しい顔を、笑みに綻ばせていた。
「だが、君によく似た姫も欲しいな。私は夢中になるだろう」
ラプンツェルはぽかんと呆けた。頬が赤らむのが、かっと燃えるような熱で分かる。ラプンツェルは俯いて、長い髪で顔を隠した。
ニーダーは含み笑い、ラプンツェルの頭を撫でていた。
ラプンツェルは髪の房の間から、ニーダーをこっそり盗み見る。
ニーダーはこどもみたいなものだから、愛情を屈託なく示すことが出来るのだ。この幸せそうな顔で、赤ん坊を抱いている姿を、一瞬だけ想像してしまった。不覚にも、物凄く照れる。
(なによ。なんなのよ。王子が欲しいだけなんでしょ。姫なんて欲しがる理由ないでしょ。やめてよ、そんな……普通の男のひとみたいなこと言わないで)
ラプンツェルは頭を振った。胸の中に生まれた、暖かな感情を知らないふりをした。なるべく、素っ気なく告げる。
「……分かった。分かったよ、ニーダー。何不自由ない、良い暮らしをさせて貰っているんだもの。私も務めを果たさなきゃいけないね。私も協力するわ」
とは言ったものの、ラプンツェルは貝のように固く閉じて動けずにいる。
ニーダーまで一緒になって、いつまでもじっと動かない。髪を掻きわけ、をそろりと見上げる。勝手がわからずに、手を出しあぐね、まごまごしているのだろうか。
ニーダーは、難問に挑んでいるような顔で黙りこくっている。ややあって、思いつめたような口ぶりで言った。
「殊勝な心がけだが……ラプンツェル。私は釈然としない」
「どうして?」
「君は義務感から私と結ばれるのだろう」
「あなたが言ったんだよ。我々の務めだって」
「そうだ。その通りだが……いやいや宿題を片付けるように結ばれるのは、どうなのだ」
ニーダーは大きな溜息をつく。片手でラプンツェルの頭を撫でながら、傾けた額をもう片方の手で押さえた。
「以前、君から誘ってくれた時に、私が応じなかったのが問題なのだろうか」
一番、触れてほしくなかったところに触れられた。あれ以来、ニーダーはそのことを持ち出さなかったから、もう、なかったことにしてくれたと思っていたのに。ラプンツェルはぱっと顔を上げると、素っ頓狂な声で遮った。
「そ、それは!」
「それは?」
「……忘れて」
ラプンツェルはもごもごと言って項垂れた。語尾は消え入る。
他に言いようがない。恥知らずな真似をしたものだと、今では後悔していた。あの時はただ、ゴーテルとの約束を果たすことと、ニーダーを苦しめることしか、頭になかった。ゴーテルの為なら、恥知らずにも性悪にもなれると思った。
けれど、ラプンツェルに良く似た娘が欲しい、なんて、うっとり微笑みながら言われると、ラプンツェルは自分自身が、酷く汚らわしいものに思えるのだった。
思いあまるラプンツェルに、ニーダーは聞き捨てならない言葉を投下した。
「まさかとは思うが……君には夜伽の経験があるのか?」
「は?」
ラプンツェルは無作法にも、口をあんぐりと開けた。ニーダーは顎に手をあて、目を伏せている。
「女性は、夜の営みについての知識をもたない。それは、夫に教わるものだ。だが、君には知識があるようだった」
ラプンツェルの頭にたくさんの疑問府が浮かんだ。ニーダーは何を言っているのだろうと思う。ラプンツェルは十六歳になった途端に、ニーダーの妻にされた。未婚の少女が、未通でないわけがない。
言葉もなくぼんやりするラプンツェル。すると、ニーダーの顔から表情が消えた。
「君は、想い人とやらと通じていたのか?」




