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愛憎のラプンツェル  作者: 銀ねも
第七話 結実
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疑惑

 ニーダーの声調は固く、目は据わっている。ラプンツェルの混乱の波がひいていく。


 世継ぎとなる王子をもうけることは、晩婚の王と王妃に課せられた急務なのだ。

 ニーダーは大方、周りにそれとなく急かされたのだろう。そうでなければ、奥手なニーダーが迫ってくる筈がない。

 つまり、ニーダーがラプンツェルを欲しているわけではないということだ。


(あり得ないでしょ。ニーダーは子どもみたいなものなんだから。ああ、嫌だ。取り乱しちゃって、恥ずかしい。自意識過剰なひとみたい)


 ラプンツェルは、一安心した。ところが、なんだか胸の内側がもやもやして気持ちが悪い。よくわからないまま、ラプンツェルはつけつけと言った。


「そういうのは、授かりものだよ。男の子が生まれるとは限らない。女の子ならいらないの?」


 言ってから、ラプンツェルは己の語勢が思いの外強いことに当惑した。 


 ニーダーはブレンネンの国王として務めを果たそうとしている。王子を得る為に、ラプンツェルを抱こうとしている。

 ニーダーはブレンネンという、大きな時計を動かす、重要な歯車だ。ニーダーの妻となった時点で、ラプンツェルも部品としてそこに組み込まれている。


 そんなこと承知の上なのに、どうして面白くないと思うのか。ラプンツェルは自分で自分が不思議だった。


(変なの。初めては白馬の王子様と、愛し愛され薔薇のベッド。なんて……今更、夢見てるわけじゃないのに)


 あまつさえ、相手はニーダーである。ラプンツェルはニーダーを愛せやしない。愛し愛されず、ただ歯車のように噛みあう行為に反感を持つ理由はない、筈だ。


(でも、そうね……生れてくる子は可哀そうだ。女の子だったら、皆にがっかりされるんだろうし、男の子だったら……私はその子を利用する)


 ニーダーは考え込んでいた。おもむろに口を開く。


「血を、次代へ繋がなければならん。王位継承権はブレンネン王家の男児のみが有する。王子をもうけることは我々の使命だ」


 正論だ。ラプンツェルは、反駁はんばくしそうになる唇を引き結んだ。ニーダーは絡み合わせた指をゆっくりと解く。解放感より、喪失感が先だった。


 ニーダーが吐息で笑った。聞きわけのない妻だと呆れているのだろう。ラプンツェルはじとりとニーダーを睨み上げる。


 予想に反して、ニーダーは厳しい顔を、笑みに綻ばせていた。


「だが、君によく似た姫も欲しいな。私は夢中になるだろう」


 ラプンツェルはぽかんと呆けた。頬が赤らむのが、かっと燃えるような熱で分かる。ラプンツェルは俯いて、長い髪で顔を隠した。

 ニーダーは含み笑い、ラプンツェルの頭を撫でていた。


 ラプンツェルは髪の房の間から、ニーダーをこっそり盗み見る。


 ニーダーはこどもみたいなものだから、愛情を屈託なく示すことが出来るのだ。この幸せそうな顔で、赤ん坊を抱いている姿を、一瞬だけ想像してしまった。不覚にも、物凄く照れる。


(なによ。なんなのよ。王子が欲しいだけなんでしょ。姫なんて欲しがる理由ないでしょ。やめてよ、そんな……普通の男のひとみたいなこと言わないで)


 ラプンツェルは頭を振った。胸の中に生まれた、暖かな感情を知らないふりをした。なるべく、素っ気なく告げる。


「……分かった。分かったよ、ニーダー。何不自由ない、良い暮らしをさせて貰っているんだもの。私も務めを果たさなきゃいけないね。私も協力するわ」


 とは言ったものの、ラプンツェルは貝のように固く閉じて動けずにいる。

 ニーダーまで一緒になって、いつまでもじっと動かない。髪を掻きわけ、をそろりと見上げる。勝手がわからずに、手を出しあぐね、まごまごしているのだろうか。


 ニーダーは、難問に挑んでいるような顔で黙りこくっている。ややあって、思いつめたような口ぶりで言った。


「殊勝な心がけだが……ラプンツェル。私は釈然としない」

「どうして?」

「君は義務感から私と結ばれるのだろう」

「あなたが言ったんだよ。我々の務めだって」

「そうだ。その通りだが……いやいや宿題を片付けるように結ばれるのは、どうなのだ」


 ニーダーは大きな溜息をつく。片手でラプンツェルの頭を撫でながら、傾けた額をもう片方の手で押さえた。


「以前、君から誘ってくれた時に、私が応じなかったのが問題なのだろうか」


 一番、触れてほしくなかったところに触れられた。あれ以来、ニーダーはそのことを持ち出さなかったから、もう、なかったことにしてくれたと思っていたのに。ラプンツェルはぱっと顔を上げると、素っ頓狂な声で遮った。


「そ、それは!」

「それは?」

「……忘れて」


 ラプンツェルはもごもごと言って項垂れた。語尾は消え入る。

 他に言いようがない。恥知らずな真似をしたものだと、今では後悔していた。あの時はただ、ゴーテルとの約束を果たすことと、ニーダーを苦しめることしか、頭になかった。ゴーテルの為なら、恥知らずにも性悪にもなれると思った。

 けれど、ラプンツェルに良く似た娘が欲しい、なんて、うっとり微笑みながら言われると、ラプンツェルは自分自身が、酷く汚らわしいものに思えるのだった。


 思いあまるラプンツェルに、ニーダーは聞き捨てならない言葉を投下した。


「まさかとは思うが……君には夜伽の経験があるのか?」

「は?」


 ラプンツェルは無作法にも、口をあんぐりと開けた。ニーダーは顎に手をあて、目を伏せている。


「女性は、夜の営みについての知識をもたない。それは、夫に教わるものだ。だが、君には知識があるようだった」


 ラプンツェルの頭にたくさんの疑問府が浮かんだ。ニーダーは何を言っているのだろうと思う。ラプンツェルは十六歳になった途端に、ニーダーの妻にされた。未婚の少女が、未通でないわけがない。

 言葉もなくぼんやりするラプンツェル。すると、ニーダーの顔から表情が消えた。


「君は、想い人とやらと通じていたのか?」

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