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愛憎のラプンツェル  作者: 銀ねも
第七話 結実
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不安な夜2

 

 ラプンツェルの頭は、真っ白になった。ぎゅっと寄せられた銀色の眉の下でニーダーの青い目が情熱を孕んでラプンツェルを見つめている。ラプンツェルはほとんど無意識のうちに、シーツを胸元に掻き寄せた。


 ニーダーはラプンツェルの耳の横に肘をつく。上体が倒れ、ラプンツェルに近づいて来る。下ろした銀の前髪が、ラプンツェルの額に落ちかかった。ラプンツェルははっとして、ニーダーの胸に両手を突っ張る。顔を背けて、叫ぶように言った。


「ま、待ってニーダー、お願いだから、ちょっと待って」


 横目で見ると、ニーダーの眉間の皺は海溝のように深くなっていた。不満がありありと現われているが、ぴたりと静止した。焦燥にも似た苛立ちが、棘のようにラプンツェルの肌を刺す。ラプンツェルは混乱した。この状況をラプンツェルの物差しではかると、月並みな発想だが、その気になった男が、事に及ぼうとしているとしか思えない。


(でも、でも! 相手はあのニーダーだよ! あり得ない、ニーダーに限って、あり得ない!)


 ニーダーは初心で奥手だ。こどもみたいなものだ。普通の男性らしい欲求とは無縁だ。しかし、それなら、ニーダーはラプンツェルに覆いかぶさって、何をしようとしているのだろう。

 うんうん唸っていると、ニーダーが抑揚なく言った。


「どうした」


「どうしたもこうしたも……あなたこそどうしたのよ」


 ニーダーがひょいと片眉を跳ね上げる。それから、胡乱気に眉根を寄せる。


「……君は、この先を知っているのだろう?」


 まさかと思ったが、ニーダーはそのつもりらしい。ラプンツェルは戸惑った。夜着一枚越しの胸板の感触がやけに生々しい。ラプンツェルはぱっと手を引っ込めた。


 この期に及んで「なにをするの?」と訊くほど、ラプンツェルは無知ではない。ラプンツェルはシーナから、ちゃんと性教育を受けている。


 しかし皮肉にも、なまじに知識があるから、羞恥と恐怖を煽られることになってしまった。

 ニーダーの視線が、肌に微細な痺れとして這うのを感じる。薄手の夜着が透けてしまうような気がして、シーツを鼻まで引き上げた。


 ニーダーの様子がおかしかった筈だ。ニーダーは今晩、契りを結ぶつもりでやって来た。


(そんな大事なことを勝手に決めないで欲しいなぁ)


 しかし、文句をつけている場合ではない。さしあたって、この状況をどう切り抜けるかが、ラプンツェルに突き付けられた問題だった。


 ラプンツェルは、ニーダーの子を産むつもりだった。未遂に終わったが、ニーダーを押し倒して関係を迫ったこともある。ニーダーが能動的に働きかけてきたら、わたりに船だ。冷静に考えればそうだろう。


 しかし、いざ、こういうことになってみると、ラプンツェルは無様にうろたえた。所詮はただの耳年増だ。不安なのは、大多数の生娘と一緒だ。


(それに、ニーダーだって初めてでしょ? 如何にもそういう感じだもの。ニーダー、どうするつもり? まさか、私に任せようなんて、思ってないよね?)


 それはそれで断る良い口実になるのだが、そうではなさそうだ。ニーダーは恥じ入ったり、困ったりしてはいない。逞しい体でラプンツェルを囲い込んでいる。追い詰められているのは、ラプンツェルだ。

 ラプンツェルは間をもたせる為に、思いつくままに喋った。


「あの……えっと、あなたは、私と、つまり、その……するの? あれは? なんだっけ、あれ……そう、踏むべき段階はどうしたの?」


 ニーダーは、シーツを握りしめているラプンツェルの右手をとった。胸の前で五指を開かせ、自身の指を絡める。指股にするりと、節くれだった指が入りこむ。その感覚が暗喩のようで、ラプンツェルの矮躯は竦んだ。ニーダーは、ラプンツェルの目をじっと見つめている。


「手は握った」


 ニーダーが顔を傾ける。長い睫毛に睫毛が絡みそうで、反射的に目を瞑ると、唇にかすめるようなキスが落とされた。


「キスもした」


 ニーダーはラプンツェルの背に空いている左腕を回すと、ラプンツェルを抱えて上体を起こした。ラプンツェルの右手とニーダーの左手は、二人の間で結ばれたままになっている。ニーダーはラプンツェルの旋毛に息を吹き込むように言った。


「抱き合った」


 ラプンツェルの左手は、ニーダーの胸に抑え込まれて自由にならない。全身をニーダーに絡め取られている。ラプンツェルは、自分が小人にでもなったような錯覚をした。身動ぎも出来ずに、へどもどするラプンツェルの頭上で、ニーダーが小さく息をつく。


「私は次の冬で二十五歳になる。この歳になるまでに、歴代の王位継承者は、なべて世継ぎを設けていた。私は晩婚だ。君が十六歳になるまで待たねばならなかった。せめて三十を超えるまでに、王子をもうけたい」


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