異変と脅威1
ラプンツェルの暮らしに変化があった。
以前のニーダーは、夜に訪ねて来ては、ラプンツェルと少し話をした後に、おやすみと言って部屋を出たのだが、そこが変わった。
夜に訪ねてきたニーダーは、ラプンツェルと話をして、ラプンツェルの歌を聞き、ラプンツェルの隣で眠りにつく。
ラプンツェルが朝目を覚ますと、ニーダーは既に朝の支度を完全に整えている。ニーダーは日の出より早く起きるのだ。しかも、ラプンツェルを起こさないように、気を使っているらしい。
ニーダーは寝起きのラプンツェルにキスをして、部屋を出る。ラプンツェルは目をしょぼしょぼさせながら、ニーダーを見送る。それが新しい朝の日課だった。
ニーダーと同じ時間に起きようと、努力したこともあったが、ニーダーに
「朝は忙しくて構ってやれない」
と断られた。
一応の妻として、心苦しさを感じての行動だったのに、ニーダーは、ラプンツェルが寂しがっていると勘違いしたらしい。それで、ばからしくなったから、早起きの努力はしていない。
ところが、ラプンツェルが寂しがっている、という不名誉な誤解は解けていない。ニーダーは、出掛けにラプンツェルにキスしていくようになった。しゃくに触るけれど、ラプンツェルは寝惚けているので、文句をつけられない。
ニーダーが出て行って、しばらくの間は、寝台の上でぼうっとする。だんだんと覚醒してきて、寝台から起き出すと、見計らっていたかのようにメイドたちがやって来る。ラプンツェルの一日が始まる。
朝の支度を済ませてしまえば、ラプンツェルにはこれと言って、やることはない。いつも通り、本を読んだり、リディの噂話に耳を傾けたりして過ごす。
リディの噂話は、世間と隔絶されて暮らすラプンツェルの、大切な情報源だ。今のところ、ノヂシャとルナトリアの親密な関係がニーダーの知るところになり、二人が処断された。という話は聞かない。
ルナトリアはあんなことがあっても、東屋に通い、ノヂシャとの逢瀬を重ねているらしい。頻度こそ低くなったようだが。
ニーダーは知らないのか、それとも、知らないふりをしているのか。それはラプンツェルにはわからないが、何かしらの制裁を与えてはいないらしい。
知っているなら、ニーダーはどんな気持ちでいるのだろう。気になってしまったことに、驚く。
(やだ。これじゃ、私がニーダーのこと、心配してるみたいじゃない)
ニーダーなんかより、心配なのはノヂシャだ。夜はラプンツェルの傍から離れないニーダーが、ノヂシャを虐待する暇はないとは思うのだけれど、こればかりはわからない。
ノヂシャの動静については、時々ルナトリアと会っていること以外には、リディも知らなかった。
ラプンツェルがそれとなく探りをいれると、リディは不服そうに頭を振った。
「ノヂシャ様のことは、私にはわかりかねます。基本的に、ノヂシャ様は謎めいていらっしゃるのです。親衛隊の騎士様の中に、ノヂシャ様によく付いておられるお方がいらっしゃいます。その騎士様なら、ご存じでしょうが……あのお方ご自身も、謎めいていらっしゃいますから……。お妃様もご存じでいらっしゃいます。覆面を被ったお方です」
リディの話を聞いて、ラプンツェルは考え込んだ。
ニーダーがラプンツェルを迎えに来る時。ニーダーがラプンツェルを虐待する時。覆面の騎士はニーダーと行動を共にしていた。だから、てっきり、いつもニーダーにべったりくっついているのだと思っていた。
しかし、言われてみれば、ラプンツェルが鞭を貰わなくなってから、覆面の騎士がニーダーに付いているところは見ない。覆面の騎士をたまに見かける時は、いつもノヂシャが傍にいた。
覆面の騎士は、謎めいた男だという。ノヂシャの身柄がニーダーの許に置かれることに決まり、気が付くと、ノヂシャの傍に控えていたという。覆面の騎士は決して顔を見せず、声も聞かせない。名前さえ明かさない。
「お妃様付きの騎士様は、ゴルマック様でいらっしゃいますから……覆面の騎士様とお関わりになられることは、ないでしょう。その方がよろしいのです。あのお方が何処の何方なのか、誰も存じ上げません。怖いお方です」
リディはそう言うと、軽く眉を潜めた。
彼女のような好奇心旺盛な少女にとっても、あまりに頑強な秘密の鎧を身に纏う存在は、不気味で怖いらしい。
そんなことより、とリディはゴルマックという騎士の話をはじめた。隻眼の騎士の名が、ゴルマックと言うらしい。
腕の立つ剣士で、男らしく寡黙で。それでいて、花に気をとられて転びかけたり、城に入った虫を殺さずに逃がしてやったりする、優しい心の持ち主なのだ。と、リディはゴルマックを褒めちぎった。
「直ぐ下の弟が、お城で兵士の見習いをさせて頂いておりまして、時々、隠れてお喋りをするのですけれど……あっ、このことは、他の皆には秘密にしてくださいませ」
「それは、構わないけれど。あなたの弟の一人がこのお城にいるのね。どんな子なの? あなたに似ている?」
「似ている……かどうかは、よくわかりませんけれど、私たちの髪は二人揃って、母譲りの麦藁色をしています。でも、ほら、くすんでいて、ぱっとしないでしょう? もっと明るければ、光に当てれば金色に見えたかもしれないのに」
後頭部で纏めてお団子にした髪の房に触れて、リディアナは唇を尖らせる。ラプンツェルは小首を傾げた。
「私はそうは思わないよ。素敵な髪だわ。お日様の匂いがしそう」
「そう仰ってくださるのは、お妃様だけです。耕したばかりの畑の土と、湿気った飼い葉の臭いがすると、よくからかわれました。ああ、そんなことはどうでも良くて……話を戻しますね。直ぐ下の弟が先日、ゴルマック様に稽古をつけて頂いたと言うのです! それだけでも十分に恐れ多いことなのですけれど、それだけじゃありません。あの子ったら、鍛練で負った傷の手当てまで、ゴルマック様にして頂いたそうで! 弟はそそっかしいところがありまして、生傷が絶えないものですから、ゴルマック様は特別に、気にかけて下さっているのでしょう。ああ、なんてお優しいのかしら、ゴルマック様……」
どうやら、ゴルマックはリディの憧れの男性らしい。ついには「私が貴族のご令嬢だったら」と溜息まで零していたから、間違いないだろう。ゴルマックはニーダーよりも十以上年上に見えた。ラプンツェルと歳の頃の変わらないリディとは、親子ほどの歳の差があることになる。
(それを言っちゃうと、私とゴーテルだって、そうなんだけどね)
二人とも、やんちゃな弟をもつ姉であり、年上の男性に恋をしている。という共通点を見いだして、ラプンツェルはますますリディに親近感をもった。そして、そんなに心やさしい男なら、時折ひどく残酷なニーダーに仕えることに、気苦労が絶えないだろうな、とぼんやり考えた。
(高い塔の家族を、私の大切な皆を殺す指揮をとった時に、ほんの少しでも、抵抗や罪悪感を覚えてくれたのかな)
あまり長いこと拘束することは出来ないので、リディを仕事に戻した。一人になったラプンツェルは、白薔薇が飾られた窓辺に椅子を引き摺って行って、膝の上で本を開く。
すると、こつこつと窓硝子を叩く音がする。反射的にそちらを見たラプンツェルは、目を見開いた。
萎れた白薔薇を無感動に見下ろす、背の高い少年がバルコニーに立っている。ニーダーと同じ銀髪。陶器の人形のように固い質感の、端正な顔。感情の表れない青い瞳。
「ノヂシャ……!」




