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愛憎のラプンツェル  作者: 銀ねも
第六話 暴露
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修羅場2

 唖然としていたニーダーだったが、憤怒はふたたび音も無く彼に忍びよってくる。ルナトリアには優しくしていたが、ニーダーは本来、怒りに我を忘れてしまう、自制心の弱い男なのだ。


「ノヂシャに誑かされたか」


 ニーダーが言った。ルナトリアがぱっと顔を上げると、綺麗な涙が星屑のように散る。


「あなた様こそ、何者に誑かされたのです!? わたくしのお優しい殿下を、悪魔のようにしてしまったのは、何処の誰なのですか!」


 ニーダーの目から一切の感情が、嘘のように消えてゆく。瞳は本物の氷の玉のようで、眼差しは人の心を凍えさせる。

 ラプンツェルは引き攣れた悲鳴を上げた。ニーダーは、ラプンツェルを鞭で打つときと同じ顔をしている。ニーダーは声を荒げずに怒気をこめて、ルナトリアを蔑む。


「悪魔とはお前のことだ。色欲に溺れた汚らわしい魔女の分際で、このニーダー・ブレンネンを愚弄すること罷りならん」


 ルナトリアはふたたび両手に顔を埋めてしまう。肩を震わせ嗚咽を漏らした。泣きじゃくりながら、彼女は切れ切れに訴える。


「……もう一目だけでも、ニーダー殿下にお会いしたい……」


 儚く哀れな姿を見て、ニーダーの目に後悔の念が過った。ルナトリアとの友情は、それだけ価値のあるものなのだろう。ニーダーはルナトリアに歩み寄ろうとした。それを制すように、ルナトリアが顔をあげる。

 ルナトリアのきれいな顔は、凄惨な凄みを帯びている。ニーダーへの未練を、ばっさりと切り落としたことが、ニーダーを見つめる、燃えるような眼差しから伝わってくる。


 確固たる決意の許に、ルナトリアは言い放った。


「ノヂシャ様に罪はありません。わたくしが慰めを欲して、関係を迫ったのです。わたくしの首を刎ねて、お怒りをお鎮めください」


 ニーダーの無表情に、亀裂が走る。こどもが嫌々をするように、頭を振った。消え入りそうな声で、「ルナ」と親友を呼ぶ。ルナトリアは応えずに、挑むようにニーダーを見据えた。


 ルナトリアの悲壮な覚悟を、ノヂシャは声を上げて掻き消した。


「俺は、無理強いされちゃいない」


 ノヂシャはニーダーを見上げていた。ニーダーに睨まれると、蛇に睨まれた蛙のように竦み上がる。呼吸するのも難しそうにしながら、無理をして、ノヂシャは言った。


「ニーダー……俺を殺したいなら、どうぞ……そうしてください」

「ノヂシャ様、いけません」


 ノヂシャはルナトリアの泣き顔を見上げて、首を傾げた。


「なぜ? 生きるのも、死ぬのも、そんなに変わらない。ニーダーが俺を殺したいなら、そうすればいい。それしかない。それに、貴女を独りで逝かせたくねぇから」


 ルナトリアは唇をわなめかせる。ノヂシャを抱き起し、ぎゅっと抱きしめた。ノヂシャはルナトリアの肩越しに、ニーダーの恐ろしい形相に怯えていたが、そろそろとルナトリアの背に腕を回す。


 永遠に思える沈黙を破ったのは、刀を鞘に納める音だった。ニーダーはくるりと踵を返して、吐き捨てる。


「よかろう。ならば君たちへの罰は、生き地獄がずっと続くことだ」


 ニーダーは一歩踏み出すが、足元でちょろちょろしているネズミを踏みそうになって、立ち止まる。


 ネズミはニーダーの軍靴に興味を示して、寄って来る。爪先によじ登ろうとしていた。ニーダーは、固く目を瞑る。喉から血を絞るように、言った。


「君には失望したよ、ルナトリア」

「そのお言葉、そっくりそのままお返し申します」


 ルナトリアの返答は淡々としている。ルナトリアは、ニーダーを見限っていた。ルナトリアの心が瓶の水なら、一滴残らず、ニーダーからノヂシャへと、移してしまった後だった。


 ニーダーの表情は死面のようで、様々なものが、削ぎ落とされている。


 ニーダーは爪先を齧っているネズミを蹴り飛ばした。ぢっ、と声をあげ腹を見せるネズミを踏みつける。踏みにじり、ニーダーは吠えた。


「戻るぞ、ラプンツェル!」


 外衣を翻し、歩み寄って来るニーダーの背後から、二人分の視線がラプンツェルに絡みつく。驚くルナトリアと、平然としているノヂシャ。声に出さず、ノヂシャは唇を動かした。


 慄然とするラプンツェルの腕を強引に引っ張って、ニーダーは行ってしまう。後方に控えていた覆面の騎士を、ニーダーは「邪魔だ!」と怒鳴り付けている。ラプンツェルは、とばっちりを受けないよう、小走りについて行かなければならなかった。


 色々な場合を想定して、対応策を考えていた筈なのに、ラプンツェルはただニーダーに引き摺られている。ノヂシャの声に出さない言葉が、ラプンツェルの脳裏に焼き付いていた。


『君の思い通りになったな』


 ラプンツェルは、俯いた。ニーダーの靴裏に、赤い血がこびりついている。



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