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愛憎のラプンツェル  作者: 銀ねも
第1話 崩壊
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優しい思い出と辛い現実

ゴーテルの逞しい腕と胸を思い出す。思い出も一緒に。


――― 幼いラプンツェルははしたなくも、回廊を駆けていく。突き当たりにゴーテルの姿を見つけたからだ。ラプンツェルは膝を折ったゴーテルの胸に飛び込む。


『おかえりなさい、ゴーテル!』


久々に会うゴーテルから、青く清々しい香りがする。これはおひさまの匂いなのだと、ゴーテルが教えてくれた。ゴーテルはラプンツェルの長い髪を軽く梳き、苦笑している。

 

『姫様、あまりおてんばをなさらないでください。お怪我を召されては、大変です』

『おまえにだけは、言われたくないもん』


 ラプンツェルは頬を膨らませ、ゴーテルのすべすべの頬に手をあてる。文官でありながら、いざというときは身を呈して王を守れるようにと、騎士に交じって鍛錬の日々をおくるゴーテルには、生傷が絶えなかった。傷の治りは早いのだが、それが追い付かないのだ。ラプンツェルは日に日に増える傷を、苦々しく思っていたのである。

 

『おまえはわたしのものなんだよ。勝手に傷をつけちゃだめ』

『もうしわけございません、姫様』


 ゴーテルの頭を柔らかい拳でこつんと叩く。ラプンツェルはゴーテルと二人きりの時間を楽しんだ。ゴーテルと一緒にいるときには、誰も二人の邪魔をしない。ゴーテルがラプンツェル以外の塔の住人と口を利いているのを、ラプンツェルは見たことが無い。ゴーテルのことが大好きなラプンツェルの遠慮して、ゴーテルを独り占めさせてくれているのだろうと、ラプンツェルは考えていた。


ゴーテルは、ラプンツェルが生れるずっと前から、人間の王が君臨するブレンネンの王国に仕えていた。そもそも、ゴーテルが城へ上がったのは、高い塔の主人であるビルハイムの妹、ミシェルが王城に留まっていたからだという。

森で狩りを楽しんでいた王が暗緑の森に迷い込んで困っていたところを、同じく狩りをしていたミシェルが助けた。命を救われた礼として、王はミシェルを王城に招いた。そうして、ミシェルはそれきり、帰って来なかった。

ビルハイムはミシェルを心配して、ゴーテルが城にあがることを許したのだった。


ゴーテルは騎士としてめきめきと頭角を現し、それは王の目にとまり、親衛隊に入隊した。異例の大抜擢であったそうだ。


王とゴーテルは次第にうちとけ、やがて、友人のような間柄になった。


責任ある立場ゆえに悩み多き王に助言をしているうちに、騎士としてではなく、政治家として執政の手助けをして欲しいと乞われたゴーテルは、文官に転身した。王の気が触れてからと言うもの、幼いニーダーに変わり、ゴーテルが治世をしいた。政務に忙殺はれたゴーテルは、ほとんど塔に戻れなくなった。それでも、ゴーテルは誠心誠意、ブレンネン王国に尽くした。


 ラプンツェルが生れて間もなく、第二王子が生れ、王妃が炎に身を投じ、城内は嵐のように激しく混乱した。ゴーテルはそんな中で、滞りなく政治を行えるよう尽力していた。


 そんなゴーテルが失踪したのは、ニーダーが成人し、力をつけ、王位を継承した頃だった。


(ゴーテルがいなくなってしまったことに、ひょっとしたら、ニーダーは関わっているんだろうか)


ラプンツェルがニーダーの求婚を快く思わなかったのは、その疑惑のためでもある。


(ゴーテルは人間の為に尽くしていたのに……どうして、ゴーテルはいなくなったんだろう。ゴーテルは今、何処にいるんだろう)


ラプンツェルが物思いにふけっていると、見るからに有能そうなメイドたちがやって来て、静かに速やかに、ラプンツェルの世話をした。贅を尽くした肉料理を食べさせ、たっぷりと湯を使い女を磨き、肌触りの良い上等な絹のネグリジェに着替えさせると、メイドたちは一切の無駄口を叩かぬまま退室する。


蝶よ花よ、姫様よと大切にいつくしまれてきたラプンツェルが、舌を巻く程の厚遇であったが、それを喜ぶ気にはなれそうにない。メイドたちに触れられないように、こめかみの石の心臓を押えながら、ラプンツェルは何度も溜め息をついた。メイド達が乳白色の湯でラプンツェルの肌を念入りに磨いた理由は明白で、胸に重石が重なる。


一人膝を抱えるラプンツェルを受け入れることない冷たい部屋に、軽いノックの音が響く。返事をしなくても勝手に扉が開かれた。粗忽ではなく、そうすることが当然であると信じて疑わない、優雅なまでの傲慢さ。ニーダーが入室してくる。


 ニーダーは躊躇いのない足取りでやって来ると、ベッドに腰を下ろした。陶然と微笑むニーダーには、ベッドで膝を抱えるラプンツェルが初夜に恥じらいうろたえる新妻にしか見えないらしい。


「長い間、一人にしてすまなかった。妻を待たせる夫を引きとめるとは、我が家臣ながら、まったく野暮ったい連中だ」


 ニーダーはラプンツェルの肩を抱く。ラプンツェルの緊張を解きほぐそうとするように、優しく髪を撫でていた手が不意に離れた。ラプンツェルがちらっと窺い見ると、ニーダーはポケットをごそごそやっている。掌に収まる黒い塊を取り出し、とろけそうな甘い顔で微笑んだ。


「ラプンツェル、君が気に入っていた髪飾りだ。つけてあげよう」


 そう言ったニーダーの手には、黒薔薇の髪飾りがあった。ニーダーが握りつぶした、ヒルフェがくれた髪飾りだ。

ラプンツェルは体が膨れ上がるような、突発的な激情にかられ、ニーダーの手を払った。髪飾りが弾け飛び、絨毯の長いパイルに埋もれる。ラプンツェルは、ニーダーを燃えるような眼差しで睨みつけた。


「バカにして」

「気に入らないのか?」


 ニーダーのとぼけた態度が癇に障り、ラプンツェルは声を荒げた。


「そんなの、いらない! ヒルフェがくれたから、大切な宝物だったんだよ。同じものでも、他の誰かに贈られたものなら、意味がないの!」


 言い終わらないうちに、ラプンツェルは腕を強くひかれ、ついで視界が反転する。


 ラプンツェルは寝台に仰臥し、覆いかぶさったニーダーの顔を見上げていた。不利な体勢に危機感をおぼえ身を起こそうにも、散らかった銀髪の上に押さえつけられた両手も、ニーダーの両足に挟みこまれた足も、少しも動かせない。


 なによりも、ニーダーの目が怖かった。クレイジー・ブルーの瞳がラプンツェルの心に食い込んでくる。


「いい度胸じゃないか。この期に及んで、他の男を想い続けるとはな。尻軽は死んでも治らないと見える」


 手首の痛みに顔を顰めながら、ラプンツェルは飲み下せない違和感を覚える。ニーダーの狂ったような、熱に浮かされた目は、本当にラプンツェルを見つめているだろうか。

 ラプンツェルはニーダーの凍てつく熱視線に目を、呼吸を奪われている。ラプンツェルの沈黙にかりたてられたニーダーが、肩を怒らせた。戒められたラプンツェルの手首の骨が軋む。ラプンツェルが痛みに顔を顰めると、拘束が緩む。舌うちをひとつして、ニーダーはラプンツェルの上から退いた。


 ラプンツェルは大急ぎで上体を起こす。ニーダーはラプンツェルに背を向けて、ベッドに腰かけている。


「私と君は晴れて夫婦になった。幸福な生活を送る為に、これだけは守って欲しい」


 出しぬけにニーダーが言った。当惑するラプンツェルを、ニーダーが振り返る。


「絶対に私から逃げようとしないことだ。例え、何が起こったとしても。君が私だけのものであり続ける限り、私は君を宝物みたいに大切にすると誓おう」


 ただし、と言い置いて、ニーダーが顔を近づけてくる。キスをされるのかと怯えて目を瞑ったラプンツェルを嘲笑い、ニーダーはその耳許で囁いた。


「君がルールを破れば、私は掌を返すだろう。裏切りの報いは、君一人で背負い切れるものではないぞ」


 ラプンツェルは、虚勢を張るだけの気力をふるいおこす。きっとニーダーを睨みつけると、ニーダーは唇の端をきゅっと持ち上げた。こてんと首を傾げる。愛きょう溢れる筈の仕草が、空寒い。


「お姫様。君を見ていればわかる。君の家族はみんなして、君を甘やかしただろう? そんな都合の良い家族と引き離されれば、それはそれはさびしい筈だ」


 何が言いたいのか。ラプンツェルが眉を潜めると、ニーダーは目を見開いて朗らかに笑った。


「いいことを思いついた。あの飾棚の上に、君の大好きなヒルフェの心臓を飾ろう。君をずっと、このベッドの上で私と抱き合っている最中も、あそこで見守っていてくれるぞ。どうだ? これなら、寂しくないな?」


 ラプンツェルは咄嗟に言葉に詰まった。ニーダーの発言が、理解できる範疇を大幅に超えてしまっていたからだ。常識では、そんな残酷なことを、例えこけおどしや冗談だったとしても、こんなに楽しそうに言ってはいけない。


 ニーダーは笑顔の種類を一変させた。氷を掘ったような冷たい顔が、ラプンツェルに額を合わせて猫撫で声を出す。


「そうして欲しいのか?」


 ラプンツェルは首がちぎれんばかりに横に振った。そうしなければ、明日の朝目が覚めたら、本当に枕元に塔の家族の心臓が並べられていてもおかしくない。

 

 ニーダーは蝋燭の火を吹き消すように息をつき、笑顔を消し去ると、立ち上がった。ラプンツェルを冷然と見下ろして、冷ややかに言い放つ。


「ならば、ルールを守れ。私から君を奪うものは決して許さない」


 ニーダーは踵を返した。ラプンツェルはシーツをぎゅっと握りしめる。ニーダーに抗えないのは、家族の命を盾にとられたからではない。ラプンツェルの意気地がないからだ。自分が情けなくて、悔しさに涙が湧く。

 ニーダーが出て行くと、ラプンツェルはベッドに崩れ落ちた。極限の緊張が呆気なく解け、ラプンツェルの意識は混濁した。



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