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愛憎のラプンツェル  作者: 銀ねも
第六話 暴露
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修羅場

 ルナトリアとノヂシャは、椅子をぴたりとくっつけて、仲良く隣合って座っている。


 ルナトリアがお椀の形にした両手の上では、ネズミがカボチャの種を、一心不乱に齧っていた。体が傾き、半目になっている。外側を齧る、小さな音と些細な振動が擽ったいようで、ルナトリアはくすくすと笑う。

 ノヂシャが肩にとまっていた小鳥を指でそっと押すと、小鳥は舞い上がり、ルナトリアの肩の上にとまった。ルナトリアが少女のように歓声を上げる。


 ルナトリアはとても楽しそうだ。ノヂシャの前では賢妻である必要も、淑女である必要も無い。重い鎧を脱ぎ捨て、ありのままでのびのびと笑うことができている。


 ラプンツェルは、ニーダーの横顔を盗み見ていた。ニーダーの薄い唇は、噛みしめた為に色を失っていた。


 ニーダーは、わかったのだろう。飾らないこどものころの「ルナ」を知っていたから。声をたてて笑うルナトリアを、遠い記憶の中の「ルナ」と照らし合わせて、虚しさを噛みしめている筈だ。


 ルナトリアの心は、ニーダーから離れて、ノヂシャの許へ行ってしまった。大切な友人を見くびっていたノヂシャに横取りされた。


 本当なら、今すぐにでも飛びだして、二人を引き離したいに違いない。しかし、そうしないのは、ルナトリアが笑っているからだ。


(ルナトリアのことは、本当によく想いやれるんだ)


 かたく強ばったニーダーの頬を見つめて、ラプンツェルは鼻白んだ。


 もう十分な効果を得られた。ニーダーも、ラプンツェルも、これ以上ここにいたって、良い事は何もない。

 戻ろう、とニーダーに声をかけようとした時だった。


 黙ってルナトリアを見守っていたノヂシャが、不意に、ルナトリアの座る椅子の背もたれに腕を回した。ルナトリアが顔を上げると、ノヂシャはごく自然に顔を傾ける。二人の唇が触れ合ったのが、はっきりと見えた。


 リディが教えてくれた噂は、本当だったのだ。それにしても、まさか決定的な瞬間を拝むことになるとは、思わなかった。

 それとも、珍しくないくらい、二人は頻繁にキスをしているのだろうか。いくら人払いしてあるとは言え、迂闊過ぎる。ノヂシャは、ラプンツェルが覗きに来るとは思わなかったのだろうか。


 ラプンツェルが呆気にとられている間に、ニーダーは生垣の陰からぱっと飛びだした。草原に身を潜めていた獅子が、素早く猛々しく、獲物に躍りかかるように。牙を剥き出しにしたニーダーの迫力に、戦慄したラプンツェルには、止めることなんて出来なかった。


「ノヂシャ、貴様……よりにもよってルナに、なんということを……この痴れ者めが!」


 ニーダーの咆哮に、東屋の二人が驚いた時には、ノヂシャはしたたかに頬を殴られ、地面に転がっていた。


 事態が飲み込めていないノヂシャの無防備な腹部に、ニーダーの強烈な蹴りが入る。ノヂシャの喉から、嘔付いたような汚い声が押し出された。反射的に腹を守ろうとして体を丸くする。 

 ニーダーは容赦せず鳩尾を蹴りつける。ノヂシャは苦悶するばかりで、逃げられない。抵抗出来ないように、躾けられてきたのだろう。それを良い事に、ニーダーはノヂシャを足蹴にし続けた。


 ノヂシャが嘔吐すると、ニーダーは眦を吊り上げて、ノヂシャの頭を踏みつけた。後頭部を踏みにじられ吐瀉物で顔を汚すノヂシャを、冷然と見下ろす。痴れた這い虫を見るような目だった。


 ニーダーは激怒している。突沸した怒りは、極寒の海のように、彼の内側で荒れ狂っている。ニーダーは忌々しげに舌をうった。


「性根の腐った奴、生れついての泥棒猫。なんとさもしいのだ。可哀そうな子だと、情けをかけてやったのに……恩知らず」


 澄んだ鞘鳴りの音が響き渡る。ニーダーが佩刀の鞘を払ったのだ。うらうらとした日差しを跳ね返す、沈んだ銀色の輝き。刀の匂いに、目玉が零れ落ちそうな程に瞠目し、がたがたと震えるノヂシャの姿がうつった。


 ぱたぱたと、小さな羽ばたきの音がして、小鳥が飛び立つ。ルナトリアが弾かれるように立ち上がっていた。ニーダーの背に飛びつき、刀を持つ腕を押さえつけようと、もがぎながら、彼女は叫んだ。


「おやめください!」


 ルナトリアが闇雲に手を伸ばすので、ルナトリアの手を避けるのに、ニーダーは刀を下さなければならなかった。空手でルナトリアの肩を押え遠ざけながら、ニーダーの目はノヂシャを捉えている。低く唸るように言った。


「君に乱暴をした男に、情けはかけぬ。この愚弟には、ほとほと愛想が尽きた。死を以て償わせる。私自身、君たち夫婦に頭を下げるにやぶさかでない」

「違います、わたくしは望んで、ノヂシャ様と結ばれたのです!」


 ノヂシャを断罪しようとしたニーダーの動きが、ぴたりととまった。歯車が異物を噛んだかのように、不自然で唐突な静止。

 ニーダーは、ぎこちなくルナトリアに顔を向ける。つっかえながら、やっと言った。


「む、すばれ、た……だと……?」


 愕然としたニーダーを、正視することが出来なかったのだろう。ルナトリアは顔を背けた。それでも、しっかりと頷く。


 ニーダーは素早く振り返った。這いつくばるノヂシャを憎々しげに睨みつける。


「……君は正気ではない。そのことは私も承知している。ノヂシャはそこにつけこんだ」


 こじつけだ。ニーダーはルナトリアを、彼の親友を守りたいが為に、自分自身にも嘘をつこうとしている。

 しかし、ルナトリアはそんな不正を許さず、淡い期待を一刀両断した。


「いいえ、陛下。ノヂシャ様のおかげで、わたくしは狂気に陥らずにいられたのです」


 ルナトリアは、毅然としてニーダーの差し伸べた手を払い落した。そして、小走りでニーダーの前を通り過ぎる。ニーダーは凍りついたように動けない。

 ルナトリアはノヂシャの傍らに跪き、彼を助け起こした。膝にノヂシャの頭を載せると、鼻血と涙と吐瀉物に汚れた顔を、ハンカチーフで優しく拭う。


 その様子に、ニーダーは目を奪われている。おぞましい怪物から、一瞬でも目を放すことができないように。ニーダーは、押し殺し、ひび割れた声で言った。


「夫を裏切り不貞を働くなど、狂気の沙汰だ。姦通は万死に値する大罪だぞ」


 それに対して、ルナトリアは目も上げずに、冷ややかに言いかえす。


「気が狂っているのは……あなた様の方ではありませんか」

「なに」


 ルナトリアは突き上げるように、ニーダーを睨み上げる。ニーダーの底冷えする視線に怯むことなく、ニーダーを弾劾した。


「ノヂシャ様とお妃様。陛下がお二方になさった、惨い仕打ちの数々は、わたくしの知り及ぶところです」


 強い口調で言ったルナトリアの目に、ほうはいと涙が沸く。両手に顔を埋めて俯いてしまったルナトリアは、ニーダーが狐につままれたような顔をしていることを知らない。涙声で、ルナトリアは呟く。


「……なんて、恐ろしいこと……」

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