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愛憎のラプンツェル  作者: 銀ねも
第六話 暴露
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散歩2

 ラプンツェルは、心の準備もせずに、ニーダーの胸に飛び込んでしまった。体と体が張りついている。ラプンツェルの心臓は大きく跳ね上がって、それから、とまりかけた。

 密着すると、ばれてしまう。体の緊張が伝わってしまう。ニーダーへの怨念が伝わってしまう。


 しかし、幸いにも、ニーダーはラプンツェルの全身が発する拒絶に気付かなかった。密着した気恥ずかしさで、それどころではなかったらしい。ニーダーは速やかに、ラプンツェルを膝の上からおろした。

 しばらくの沈黙があってから、ニーダーはぼそぼそと言う。


「……君が、見つからないと言うのなら、それを信じる。見つかったら、私の面目は丸つぶれだ。私はどうも、逃げ隠れするのが苦手なのだ。……こんなみっともない真似をしたと知れて、友人に愛想を尽かされるのは、耐え難い。くれぐれも頼むぞ。君だけが頼りだ」


 今のハプニングが、二―ダーが腹を括るきっかけになったようだ。怪我の功名である。善は急げと、ニーダーを急かそうとしたとき、両手を繋ぎ合わせたままだと気付く。ラプンツェルは力をこめていない。ニーダーがラプンツェルの手を、握って放さないのだ。


「いや、私は君と散歩をするのだ。ついでに、東屋をちらっと見て来るだけ」


 ニーダーは、繋いだままの両手を見つめていた。怜悧な目が、不意に優しく和む。


「陽があるうちに、君と出歩くのは初めてだったな」


 左手は名残惜しげに解かれたが、右手は解かれない。二人は手を繋いだまま、並んで部屋を出た。


 力の抜けた手をしっかりと、それでいて、そっと握る、ニーダーのごつごつした大きな手の感触が、ラプンツェルを当惑させていた。


 引き摺られているわけでも、担がれているわけでもなくて、手を繋いで隣を歩いている。しんと静まり闇が蹲る、恐ろしい夜の廊下ではなく、明るい光に包まれた、平和な昼の廊下を、ニーダーと並んで歩いている。とても変な感じだ。


 ニーダーは右の腰に刀を帯びているので、ラプンツェルは彼の左側を歩いている。ニーダーはラプンツェルに歩調を合わせてくれるので、ラプンツェルは余所事を考える余裕があった。


 ニーダーは思いもよらない気遣いで、人を和ませることがある。それなのに、良心はない。歪な心のあり方を見せつけられると、暴力で支配されていた頃よりも、ニーダーが怖くなる。


 二人手を繋いで、白薔薇の生垣の合間を縫って行く。ニーダーは全体的に白っぽいから、彼の姿と一緒に視界に収めると、茎葉の緑は匂い立つように濃い。ニーダーは背が高いから、見上げなければならず、太陽の光がまぶしくて、薔薇の花弁は輝いていた。


 目が合うとニーダーが微笑む。はにかんだ笑顔は、陽の光の下では、愛すべきものであるかのように錯覚してしまう。


 ニーダーが幸せそうに微笑むことは、許さない。ニーダーの絶望した顔が見たい。東屋に連れて行けば、この間抜け面は消えてなくなるだろう。それなのに、足取りは枷を引き摺るように重くなる。


 歩調はじれったくなる程に遅かっただろうに、ニーダーは急かさなかった。黙ってのんびりと歩いている。それだけなのに、ニーダーは楽しそうだ。


 長年連れ添った、阿吽の呼吸の老夫婦ならそれで良いのだろうけれど、二人は婚姻を結んだばかりである。一言の会話もないことに、普通なら気まずくもなるだろう。


 一緒にいるだけで幸せ、という感じ方もあるかもしれない。けれどそれは、想いが通じ合ったことが前提になる。


(……ニーダーは、想いが通じたつもりなのかな……)


 そう思うと、胸がつきんと痛む。ラプンツェルは胸を強く押えて、痛みを誤魔化そうとした。

 ラプンツェルは、ちゃんと言ったのだ。傍にいる限り、憎み続ける。それでも良いのかと。ニーダーは勘違いして、勝手に盛り上がっているのだ。ばかなニーダー。ラプンツェルの愛を得る僅かな可能性を、高い塔と一緒に燃やしてしまった。


 たっぷり時間をかけて、ラプンツェルとニーダーは東屋のすぐ近くまでやって来た。楽しげな話し声が、かすかに聞こえる。二人は生垣に張り付いた。ニーダーの手も、ラプンツェルの手も汗ばんでいる。


「……話声がする……もっと近くに寄れるか?」


 ニーダーが声を潜めて訊いた。ラプンツェルはニーダーを見上げる。付いて来るように言おうとしたのだけれど、言えなかった。生垣の陰で身を屈め、興奮気味に喋っているニーダーは、新しい遊びにはしゃぐ、こどものようだ。ラプンツェルがぼんやりと見つめていると、ニーダーは胡乱気に眉根を寄せた。


「聞いているか、ラプンツェル? ここからでは、何を話しているのか聞こえぬし、何をしているのか見えぬ。ここにいても、どうしようもない。もっと近くへ行くぞ」


 渋っていた割には、積極的だとラプンツェルは思った。痺れを切らせたニーダーが、ラプンツェルを引き摺ってずんずん行こうとするので、ラプンツェルは足をつっぱって止めた。


「見つかっちゃう! ニーダー、私のあとについてきて。うまく死角に隠れなきゃ。出来るだけ姿勢を低くするの。難しいなら、四つん這いになってよ」


 つけつけと指図をして、ニーダーの手を振り払う。不可思議な感傷も、一緒に振り払ったつもりになれた。


「獣のように地を這うのか、この私が!?」と目を白黒させているニーダーを追い越して、慎重に距離を詰めて行く。


 目当ての場所に辿り着いて、振り返ると、ニーダーは必要以上に腰を落としていた。殆ど四つん這いの体制だが、地面に手をついていない。四つん這いになることに、余程抵抗があると見える。人を這いつくばらせることには慣れていそうだが。


 ニーダーの惨めな姿を見る事ができなかったのが残念に思えて、ラプンツェルは安堵した。これで良い。ラプンツェルはニーダーを憎んでいる。大嫌いなのだ。ニーダーにはとことん、悲嘆に暮れて、汚辱に塗れて貰わなければ困る。


 ラプンツェルは、生い茂る蔦葉の隙間から東屋の様子を覗く。ルナトリアとノヂシャがただならぬ仲だと確信した上で、ニーダーを手招いた。


 ニーダーは覗く前から険しい顔をしていた。話声がしなくなった事を、不審に思っているらしい。二人の様子を覗き見たニーダーは、目を見開いた。

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