メイドと噂話2
ラプンツェルは、素早く鏡に視線をはしらせた。
血色の悪い、生白い肌の、弱々しい娘が鏡の中からラプンツェルを見つめ返す。
ひきずりそうな程に長い銀髪を複雑に編みこんで、後頭部に結い上げている。小さな顔は顎も鼻頭もが尖っていて、大きな瞳のアイス・ブルーと相まって、酷薄な印象を見るものに与える。
これが、ラプンツェルの容姿だ。高い塔の家族は、雪の女神のように美しいと誉めてくれたけれど、裏を返せば、冷たい容姿だということだ。ニーダーの容姿を冷たい冷たいと形容してきたが、ラプンツェルだってそうなのだ。氷の色彩のせいかもしれない。
目から鱗が落ちる。そう言われてみれば、その通りだ。ラプンツェルの銀色の髪と瞳の薄い青色は、ニーダーとよく似ている。
ラプンツェルのもつ色彩は特殊だ。父のビルハイムも、弟のヒルフェも、叔母のミシェルも、こんな色彩はもっていない。高い塔の家族の誰とも似つかない色みが、ラプンツェルは嫌いだった。仲間外れにされたと思って拗ねるラプンツェルをビルハイムは『色など関係ない。お前は私の娘だ』と宥め、ゴーテルは『姫様は特別なお方なのです』と慰めた。ラプンツェルが嫌がるのを知っていたから、誰もラプンツェルの髪の色や目の色に触れなかった。
幸福な過去を思い返してしまい、胸が張裂けそうになる。ラプンツェルは思い出の箱に蓋をして、鍵をかけた。ぽんっと飛び出てしまっては、冷静でいられなくなる。
ラプンツェルはドレスの袖口にあしらわれたレースを弄りながら、気の無い声で言った。
「たまに、こういう、色の薄い子が生まれるって、本で読んだことがあるよ。突然変異というものなんだって。でも、これは滅多にないことだからね。ノヂシャはまず間違いなく、先王様の御子だよ」
ラプンツェルはきっぱりと断言した。それ以上、話を展開する余地を失い、リディは残念そうにしている。
もしも本当に、ノヂシャが宰相の子だったら、面白がっている場合ではないと思う。ニーダーがノヂシャをどうしてしまうのか、考えただけで背筋が寒くなった。
リディが次に引いた話題の抽斗は、またしても、ノヂシャに関するものだった。
「ノヂシャ様はいま、一躍、時の人におなり遊ばされています。ルース公爵夫人、ルナトリア様がノヂシャ様と親しくなさっておいでなのです」
「それのどこが問題なの? 誰と何についてお喋りしても、ルナトリアの自由でしょ」
「いいえ、お妃様。実は、実は……」
リディが他聞を憚るように、声を落とす。もったいぶった沈黙に、ラプンツェルはつい、つりこまれた。リディは会心の笑みを唇に灯し、耳語した。
「……お二人が東屋で口づけなさっているところを、見てしまった者がいるのです」
ラプンツェルを沈黙した。リディは、ラプンツェルが驚き、絶句していると思っただろう。
実を言うと、ラプンツェルは驚いていない。待ちに待ったこの時の到来を噛みしめていたのだ。
そんなことを気取らせるわけにはいかず、ラプンツェルは白々しく嘯く。
「まさか……見間違いじゃないの?」
「見た者によれば、間違いなかったと」
リディは自信満々だ。情報提供者を信用しているというより、そうであった方が面白い。そんな考え方からくる態度だろう。
ラプンツェルは思案するように顔を俯けた。
「ちょっと、気になるな……確かめてみようかな」
ラプンツェルが独り言のように呟くと、リディはぱっと笑みを消した。みるみるうちに、顔が青くなる。
「あっ……お、お妃様……お待ちください。これは、その……悪魔で噂でしかなく……」
「間違いないって言ったじゃない」
「ええ、ええ……そうなのですが……その、性質の悪い悪ふざけという可能性も、無きにしも非ずですので……」
必死になって弁解するリディの心情が、手に取るように分かる。
リディは無邪気に無責任に、貴人の醜聞を楽しんでいただけだ。お楽しみの為の噂話が密告になって、そのせいで、ルナトリアが身を落とすようなことは、リディの望むところではない。それに、貴族の秘密を吹聴したと知れれば、リディもただでは済まないだろう。職と信頼を失うことだけは、確実である。
ラプンツェルは、リディの噂好きな面を利用して情報を引きだした。リディが話してくれる噂話で楽しんだ。けれど、ノヂシャの出生の秘密を、面白おかしく捏造されるのは腹立たしい。だから、お灸を据えたのだ。
身勝手な怒りだ。リディは悪くないと思うし、彼女のことは好きなままである。
ラプンツェルは、リディを安心させてやろうと、屈託なく笑ってみせた。
「心配しなくても大丈夫。あなたから聞いたなんて、誰にも言わないよ。別にどうこうしようなんて思わないし。ただの、興味本位なの」
ところが、リディは不安を拭いきれず、口数がめっきり少なくなってしまった。仕方がないので、ラプンツェルはリディを解放して、仕事に戻らせることにした。




