メイドと噂話
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ラプンツェルは庭に出ず、部屋で日がな一日読書に耽るようになった。日中は書庫と部屋を往復するだけにして、体力と気力を温存する。夜になれば、ニーダーの相手をしなければならず、神経が擦り減るのだ。
読書に飽きると、若いメイドを呼びつけ、話し相手になって貰った。指名されたメイドは最初こそ戸惑っていたけれど、年齢が近く、気さくに接するラプンツェルに親近感を抱き、慕ってくれるようになった。
もともと、感じやすい娘なのだろう。ニーダーに責め苛まれ、ボロボロになったラプンツェルを見るのが辛そうだったし、職務の枠を飛び出して、励ましの言葉をかけてくれたこともあった。
メイドの名前はリディアナ。一番年下の彼女のことを、メイド仲間は親しみを込めてリディの愛称で呼ぶ。
リディは裕福な商家の娘で、口上商人から成り上がったという父親の弁才を受け継いでいる。淀みなく語ることが上手かった。
読書の合間に、リディとお喋りを楽しむのが、ラプンツェルの新しい習慣だ。二人は長椅子に並んで腰かけている。最初、リディはお妃様と並んで座るなんて恐れ多いと萎縮していたが、三回目にはすっかり気にしなくなっていた。
若い娘らしく、噂話に花が咲く。リディは、惚れた腫れたの醜聞に目がなかった。宮務めをしていると、煌びやかな貴族社会の裏側が垣間見えるものだ。
ブレンネン王国で、姦通はご法度である。不義には漏れなく制裁が下される。爵位の剥奪もあり得る。ひと昔前は、追放や処刑が行われていたらしい。
未婚の娘はどのような場合でも、性交渉が許されない。良人がある妻が他の男性と、など以ての外だ。男尊女卑の思想が深く根付くブレンネンの貴族社会では、娘は父の、妻は夫の所有物であると見なされる。
禁じられた遊びは、しばしば蠱惑的である。密通をはたらく貴人はあとを絶たないそうだ。リディはくるくると表情を変え、身ぶり手ぶりを交えながら、色々な話を聞かせてくれる。真実味のある噂から、つくり話にしか思えない噂まで、様々なバリエーションをもっている。どの話も面白い。ふんだんにおひれがついているに違いないから、下世話なおとぎ話のようなものだと思うことにしている。
非業の死を遂げた先の妃と、失踪した疑惑の宰相の、禁断の恋の噂など、まさにそれだった。
騎士を志願し城に上がり、王に取り立てられた野心家の男。男は傾国の美姫とうたわれた王妃に一目で狂おしい恋をして、王妃を我が物にしようと画策する。宰相となった男は謀略を巡らせて、邪魔者を排除しにかかる。王は死に追いやられ、ニーダーも命の危機に晒された。王妃は息子を守る為に宰相へ下ったが、汚辱に堪えかね自ら死を選ぶ。王妃を永遠に喪った宰相は、成長したニーダーに弾劾され、人知れず王妃のあとを追う。
そういった内容である。
語り終えると、リディはさらにとんでもない噂話にも言及した。
「ノヂシャ様は先王の御子ではなく、宰相と先のお妃様の御子なのではないかと、疑う者が少なくありません。お妃様が儚くおなり遊ばされたのは、その罪深さによるのだと」
ラプンツェルは、いつものように相槌をうったり、小さな悲鳴や歓声を上げたりしながら、リディの名調子に聞き入っていたのだが、これを聞くと、笑顔が強張ってしまった。
話を総合すると、こういうことだ。
ニーダーの父親である先王は、妃に暴力をふるう卑劣漢だったが、優れた統治者だった。しかし、信頼を寄せ取り立てた宰相が、実は妃に横恋慕していて、呆気なく葬りされてしまう。ニーダーの為に身を擲った妃はノヂシャを身ごもり、産み落とすも耐えきれなくなって自殺してしまった。宰相は我が子であるノヂシャを王座につける為に、ニーダーの命を脅かしたが、最後は敗れ、ノヂシャを残してとっとと妃の後追いをした。
ラプンツェルは苦笑いした。えげつない話を作るものだと、少し呆れて言った。
「それだと、ノヂシャの髪と目の色の説明がつかないと思うけど」
「髪の色など、染めてしまえば、なんとでもなります」
「瞳の色は染められないよ」
「たまたま、王家のお色に似ることもあるのではないでしょうか? お妃様がそうでいらっしゃいますように」




