忍び寄る
ルナトリアが好きな東屋で、のんびりお茶でも飲んで、気晴らして貰えばいいと、ラプンツェルは提案した。ルナトリアには一人でじっくりと考える時間が必要だ、邸にいては気が休まらないだろう、と付け加える。
ニーダーは少し考えてから、ちょっとだけ顎を引いた。
「わかった、彼女にあの東屋を自由につかわせよう。本当なら、会ってきちんと礼をしたいところだが……私が立ち会っては、彼女が落ち着かないだろうな」
ニーダーが少し寂しそうだったので、ラプンツェルは茶化すように言った。
「ニーダーはそこにいるだけで、相手の背筋をぴんと伸ばさせちゃうんだよ。あなたといると寛いじゃう私が、きっと可笑しいんだね」
計算高いラプンツェルの台詞を聞いて、ニーダーは満更でもなさそうに微笑した。本当は憎んでいる、大嫌いだと告げて平手打ちしたら、どんな顔をするだろう。邪悪な快感にぞくぞくしたが、ぐっと堪える。もっともっと引きあげて、一番高いところから、突き落としてやればいい。
ニーダーはルース公爵に書状を出した。ニーダーの厚意を無碍に出来る筈もなく、ルナトリアはまた、城に来ることになった。
ニーダーはあらかじめ、東屋周辺の人払いをした。使用人たちは近づけないが、ラプンツェルは別だ。
ラプンツェルは生垣の陰から、ルナトリアの様子を窺っていた。
ニーダーと二人でいた時は、何の持成しもなかったけれど、今はお茶とお茶受けの焼き菓子が出されていた。肉しか口に出来ないラプンツェルには馴染みがないが、良家の子女はたいてい、この組み合わせを好むらしい。
ふわふわの黄色いスポンジ、なめらかな光沢のあるクリーム、瑞々しく熟れた果実。繊細に飾られたケーキは可愛らしい。味わえなくても、見ているだけで楽しめる。
けれど、ルナトリアはぴかぴかに磨かれたケーキスタンドを見ようともしない。手も付けなかった。身じろぎもせず、日が暮れるまで一人で座っていた。
初回がそんな調子だったので、ルナトリアがもう来ないと言い出すのではないかと、ラプンツェルは気が気ではなかった。けれど、杞憂だった。
一人きりのお茶会が回を重ねるにつれて、ルナトリアはリラックス出来るようになった。お茶やケーキに口を付け、持ち込んだ本を読みふける。ひとりになれるこの空間に、ルナトリアは馴染み、楽しんでいる。
それはいいのだが、頼みの綱であるノヂシャは、なかなか出て来ない。ブレンネン王家の男は揃いも揃って、無為無策の抜け作なのか。ラプンツェルがやきもきしていた、ある日のこと。
白い小鳥が、ケーキスタンドにとまった。
読書に没頭していたルナトリアは、なかなか気付かなかった。一区切りついて、やっと顔を上げたルナトリアの目が、点になる。
たくさんのケーキの中に、ふわふわした丸い小鳥が紛れている。ルナトリアがまじまじと見つめると、小首を傾げた。「ばれちゃった?」と言っているみたいだ。愛くるしい円らな瞳に見上げられて、ルナトリアは口元を綻ばせた。
「まぁ、かわいらしい子鳥さん。ひとを怖がらないのね」
返事をするように、小鳥が囀る。ルナトリアは本にしおりを挟み、膝の上で閉じると、小鳥にそっと手を差し出した。
小鳥は軽く羽ばたきケーキスタンドから飛び降りる。ぴょこぴょこと跳ねて、ルナトリアの爪の先を甘噛みした。ルナトリアはくすくす笑っている。
ニーダーが、小さなルナトリアが掌に芋虫をのせてニーダーを追い回したと言っていた。ルナトリアは動物が怖くないし、動物に好かれる方らしい。
小鳥と戯れることに夢中になっているルナトリアは、また、訪問者に気がつかなかった。柱の陰から、長躯を出したり引っ込めたりしているのは、ルナトリアに気づいて欲しいからだろう。けれど、ちっとも気付いて貰えない。
意を決して、彼はルナトリアに声をかけた。




