毒を塗る
(なに、いじけてるの。もう、本当にこどもみたい)
ラプンツェルはゆるく頭を振った。強張る頬をこねあげて、なんとか笑顔をつくる。
「違わない。……私ね、意地をはるのはやめることにしたの。これからは、わざとあなたを困らせたりしないから」
ニーダーはしきりに瞬きをした。「それは、殊勝な心がけだが……」と言いかけて、黙ってしまう。どういう風の吹きまわしか、と怪しんでいるのかもしれない。
ニーダーに気付かれないように、短く息を整える。ここから先が、本番だ。うまくやらなくては。
ラプンツェルは拗ねっぽく、軽く唇を尖らせた。
「ルナトリアに叱られちゃったよ。ニーダーに意地悪しちゃダメだって」
ルナトリアの名前を出すと、ニーダーは一瞬、胡乱気に眉根を寄せる。なぜ、ラプンツェルがルナトリアのことを知っているのか、疑問に思ったのだ。ニーダーはルナトリアをラプンツェルに紹介するつもりはなかった。少なくとも、ニーダーが恋愛指南を受けている間は。
しかし、ニーダーは追求しかねた。それよりも、せっかく歩み寄って来たラプンツェルに、思いやりを示すことを優先した。
「……不愉快な思いをさせたな、ラプンツェル」
ニーダーは苦々しく言った。面目なさそうに、眼を伏せる。思っていたよりも、睫毛がふさふさしていて、長い。
「今回だけ、彼女の無礼を許してやってくれ。実は、君とのことを、思いあまって彼女に相談していた。不甲斐ない私を労しんで、彼女は君に直談判したのだと思う。二度と同じことがないよう、彼女には私から言い含めておく」
ラプンツェルは感心した。癇癪持ちの女の扱いを、ニーダーは心得つつある。ルナトリアよりも、無条件でラプンツェルを優先してくれる。隠していたかった事実も正直に話してくれた。好感がもてる。
(ニーダーがこの調子で続けられるのなら、昨日までの私は、いずれ絆されたかもしれない)
ラプンツェルは少し眉尻を下げて微笑んだ。
「いいよ。ルナトリアが正しいもの。いいお友達をもったね、ニーダー」
ニーダーはほっと胸を撫で下ろしたようだ。眉間の苦悩が薄らぐ。ラプンツェルは花瓶から白薔薇を引きぬいた。花弁を鼻先でつついて、穏やかに微笑む。
「それに、今ならわかるから。あなたが私を愛してくれてるってこと」
この言葉は嘘ではない。ニーダーの愛を、もう疑ってはいない。ニーダーの愛が、ラプンツェルの家族を破滅させた。
ニーダーは凍りついたように無表情になった。驚愕が目にあらわれている。
ラプンツェルは、あらかじめ用意していた台詞を舌にのせた。
「ルナトリア、旦那さんに手を上げられて、悩んでるみたい。だから私、助言のつもりで言ったのね。旦那さんは、ルナトリアのこと愛してるから、そうするんじゃないのかなって。そしたら、ルナトリア、そんな愛があるわけないって、怒っちゃった」
ラプンツェルが手招くと、ニーダーが蜜に引き寄せられる蜜蜂のように、近寄って来る。ラプンツェルは窓枠に手をかけ、身を乗り出した。左手をのばして、ニーダーの顔を引き寄せる。右手にもった白い薔薇の花弁でニーダーの唇に触れた。
「……私も、あなたとこうなるまでは、そう思ってたけど。そんなことないのにね? 死んでしまいたくなるくらい、辛かったけど……あの日々があったから、今はあなたの優しさを受け止められると思う」
ニーダーの吐息が春風のように薔薇をそよがせる。薔薇の花弁に口づけて、ラプンツェルはニーダーを見つめた。
遅効性の毒が、ニーダーの唇に塗られた。全身を駆け巡って、ニーダーを追い詰めるだろう。
(まずは、あなたを一人にする。あなたには私だけいればいい。友達なんて、邪魔なだけだ)




