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愛憎のラプンツェル  作者: 銀ねも
第五話 画策
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君のための薔薇

 

 ニーダーへではなく、薔薇への罪悪感を抱いて反省している、ととれるような言い方をした。そうした方が、ニーダーは納得しやすいだろう。ニーダーは少し考えてから、よく通る声で歯切れよく言った。


「気に病むことはない。君の為に咲いた薔薇だ」


 煮て食おうと焼いて食おうと、そっちの好きにしてくれ。そんな口ぶりだ。ルナトリアの教えを忠実に守っているとは言っても、ラプンツェルの悪態を腹に据えかねていたのだろうか。


 ラプンツェルが思案している様子をどう見たのか。ニーダーはゆくりなく、狼狽した。


「本当のことだが……物言いが気にいらないのならば、言い直すぞ?」


 ニーダーは丁度いいほどあいというものが、わからないのだろうか。尊大なのは、当然とわかっていても鼻につくが、卑屈になられると余計に腹立たしい。

 尻尾を後ろ足に挟んだ子犬のようなニーダーの態度に、ラプンツェルは吐き気すら覚えた。


(腫れものに触るような扱いをされる方が、気に入らないんだけど)


 その言葉は、ぐっと飲み込んで、腹の虫をなだめにかかる。


 ニーダーがラプンツェルの顔色を窺うのは、無理もない。前回の訪問で、ラプンツェルはニーダーのやることなすことに、つっかかった。どの拍子に、ラプンツェルが癇癪を起すか。ニーダーははかりかねている。


 鉤の部屋へ連れていかれていた頃のラプンツェルも、そうだったではないか。いつも、ニーダーの顔色をうかがい、びくびくしていた。


 ラプンツェルはことりと、花瓶を置いた。ニーダーの視線を、旋毛のあたりに感じる。少し間を開けて、ニーダーは躊躇いがちに言った。


「私が手をかけた薔薇ではない。花を手折り、束ねただけの私が、このようなことを言うべきではないかもしれぬが……たった一輪だけ残ったこの薔薇を、君は咲かせてくれたのだ。それで全てが報われるだろう」


 ラプンツェルは顔を上げた。うかがうように見上げ、小首を傾げる。


「あなたも?」

「もちろん」


 ニーダーは力を込めて頷いた。


「君が薔薇を隠してしまったと聞いたときは、嫌になってしまったのかと思ったよ。この薔薇は私が勝手に捧げたものだから、君が腹いせに枯らせてしまうことも、十分に考えられる……君が花を愛するひとで良かった」


 ラプンツェルは肩を竦めた。ルナトリアの恋愛指南を受けても、この朴念仁は救い難い。仕方がないので、野暮だと思いつつ、ラプンツェルは思惑をあえて詳らかにした。


「嫌になったなら、捨ててる。あなたが、私の笑顔で咲かせろって言うから、目隠しをしたの。……そうしたら、騎士の人に任せきりじゃなくて、あなたが気にしてくれると思ったし……」


 ふつう、察するところでしょ。とふてくされてみせる。ニーダーはぱっと居ずまいを正した。欄干を握っていた右手が拳を握り、胸をどん、と叩く。


「この心は君に捧げた。君のことを想わない時はない」

「本当に? 騎士のひとたちが、薔薇の蕾の様子を逐一、報告していたら、あなたはそんなに注意を払わなかったんじゃない?」

「毎日、私が顔を出して「咲いたか、まだか」と確かめたら、君はうるさがる。薔薇の花が咲くまで君に会わないとしたのは、君の気持ちを尊重しての判断だった。いつ咲くとも知れない薔薇が咲くまで、君に会えないことが……どれほど私の心の負担になると思う?」


 薔薇の花が咲く頃に、なんて恰好つけるから、ややこしいことで頭を悩ませることになるんだ。と心の中で揶揄しつつ、ラプンツェルは少し、面白がっていた。


 ニーダーが、懸命にラプンツェルの機嫌をとっている。高い塔にいた頃は、好きでもない癖に、胡散臭い奴。としか思えず顔を顰めていたが、今はそれが愉快だった。あの傍若無人なニーダーが、ラプンツェルの為に、心を煩わせているなんて、小気味良いではないか。


 言っているうちに、言い訳がましいと思ったのだろうか。ニーダーが唇を引き結んで沈黙する。拗ねてしまったニーダーに、ラプンツェルはここぞとばかりに優しい声色をつかって語りかけた。


「薔薇の花束なんか、つくっちゃって。手、傷だらけにしたでしょ。あなた、不器用そうだもん」

「大袈裟に血は出るが、あれしきの傷、気が付いたら消えている。刀を振るうのに、何の支障もない」


 ニーダーが佩刀の柄をぽんと叩く。手を傷だらけにして、薔薇の棘と格闘するニーダーを思い浮かべて、ラプンツェルはくすくすと含み笑った。


 するとニーダーは、冷たい目をこどものように輝かせた。


「君が喜ぶなら、いくらでもつくってあげよう」


 ラプンツェルは困惑した。たいていの物を欲しい儘にできる国王が、ラプンツェルの微笑みひとつで大喜びするなんて、おかしい。ニーダーはどうして、そんなにもラプンツェルのことが好きなのだろう。


 気付かないうちに、笑みが引っ込んでいた。ニーダーの顔色がぬっと曇る。


「……違ったか?」

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