待ち構える ※挿し絵
↑いつみ様より頂きましたラプンツェルのイラストを飾らせて頂きました
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「この白薔薇の蕾をひとの目に入れないための、目隠しが欲しいんだ」
ラプンツェルの希望をきいたメイドは、ラプンツェルの目線をたどり、その先の白薔薇を見つめて、かすかに首を傾げた。
「目隠し、でございますか?」
「うん。ニーダーがね、私の笑顔で花を咲かせて欲しいって。だから、薔薇が私以外のひとの顔を見ないように、目隠しが必要なの」
「かしこまりました。いくつか、お持ちします」
有能なメイドは、すぐさま目隠しになるものをいくつか持ってきた。ラプンツェルはその中から、円柱形の紗の覆いを選ぶ。さっそく、薔薇の蕾を紗の覆いで隠した。
親衛隊の騎士たちが、なんとかして蕾を盗みみようと腐心していることを、ラプンツェルは知っていた。ニーダーから、薔薇の蕾の様子を訊かれるのだろう。ラプンツェルは薔薇の蕾を盗みみられないよう、細心の注意を払った。騎士たちの目から薔薇の蕾を隠すことこそ、薔薇に覆いを被せる理由なのだ。
ひとりになった時にだけ、覆いを外す。ラプンツェルだけに愛でられ、蕾は綻んでいった。
薔薇がある窓のカーテンは、開けっ放しにしている。薔薇に月の光を浴びせると良いのだと、声を高くしてメイドに説明した。扉の外で聞き耳をたてる騎士に聞こえるように。
薔薇を隠してから三日後の晩。
部屋を真っ暗にして、ラプンツェルは寝台に腰かけていた。月光に照らされ仄かな光りを帯びる白薔薇を見つめながら、じっと待つ。
月が空の一番高みにのぼる頃、窓の外に人影が現われた。ラプンツェルは息を殺して、そろりと立ち上がる。罠にかかった子ウサギに近寄る狩人のように、窓辺に近づいた。
隣の大きな窓から出入りできるバルコニーに、ニーダーがいる。難しい顔をして、紗の覆いを睨みつけていた。ラプンツェルの思った通り、役に立たない親衛隊に見切りをつけて、自ら薔薇の開花状況を確かめに来たのだ。
ニーダーはしきりに角度を変えながら、紗の内側を覗き見ようと躍起になっている。いっこうに、ラプンツェルがいることに気がつかない。ラプンツェルは親切に、紗の覆いをとってやった。
ニーダーがぎょっとして顔を上げる。ラプンツェルは紗の覆いをわきに退けて、窓を開けた。俄かに慌てだすニーダーに、友好的に声をかける。
「いい月夜だね。ニーダーはお散歩?」
ニーダーはふらふらと後ずさりをする。バルコニーの欄干に背中をぶつけて、立ち止った。目玉が落ち着きなくきょときょとと動く。
この部屋は、もともと、ニーダーも寝起きする夫婦の寝室だった。けれど、高い塔が燃えてからは、事実上のラプンツェルの私室になっている。
ニーダーは幼稚で、狂っているけれど、勝手に部屋の中を覗きこめば、ラプンツェルが怒ることくらい、想像がつくらしい。
ラプンツェルは花瓶を手に取り、軽く掲げて見せた。品良く花ひらいた白薔薇は、月明かりに照らされて、青白く透き通るようだ。ニーダーは面食らったような表情で、薔薇をまじまじと見つめる。恐らくは、罵詈雑言を浴びせられることを覚悟していたのだろう。
ラプンツェルが何も言わずにいると、沈黙を埋めようとするかのように、ニーダーが小さく呟いた。
「……薔薇が、咲いたようだ」
ニーダーは決まりが悪そうにしている。まるで、悪戯を見つかった子どものようだ。ラプンツェルは窓枠に凭れかかり、こっくり首肯した。
「うん。ニーダーの言った通りだった。笑顔で愛情深く接したら、綺麗な花を咲かせてくれたよ」
ニーダーは目を丸くした。ラプンツェルがニーダーを咎めず、にこにこと対応したので、瞬きも忘れるくらい驚いたらしい。薄氷の瞳に、真贋を見分けようとする、怜悧な光が閃いた。
ラプンツェルはしおらしく顔を俯ける。ニーダーに目の奥を覗きこまれると、嘘を見抜かれてしまうかもしれない。
ニーダーがこそこそと覗いていたことを、怒っていないというのは、本当だ。ラプンツェルが、そうなるように仕向けたのだから。
「この前は、悪いことしちゃったね。あんなに、たくさんの薔薇を……」




