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愛憎のラプンツェル  作者: 銀ねも
第四話 朦朧
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復讐の誓い

「……処刑、されたの? ……ビルハイム、が?」


 やっとのことで問いかけると、ルナトリアは訝しそうにしながらも、こくりと頷いた。


「確か……そのような名であったかと……」


 ビルハイムは、ラプンツェルの父の名である。


 父は処刑されていた。ラプンツェルの知らない間に、ひどいやり方で。


 ビルハイムの命だけは救えないと、ニーダーに言われていた。ラプンツェルは涙を呑んで、その言葉を受け入れたのだ。生き残った他の家族が助かるならば、父と自身のことは諦めなければならないと。鉤の部屋でそう、決めたはずだった。


 それなのにラプンツェルは、父と家族のことを、忘れてしまっていた。


 ゴーテルとの約束を果たすことだけを望み、ニーダーを恨んだ。それだけだった。家族の助命という目的が、何より重要だった筈なのに。いつからだろう。いつのまにか、自分のことだけになっていた。


 ラプンツェルは今の今まで、父のことも、家族の安否も、ニーダーに確かめなかった。

 思いつきもしなかった。


 体の芯が溶け落ちたようだ。もう、立っていられない。


「お妃さま……お顔の色が優れませんが……お加減が?」


 ルナトリアが傍らに跪く。気遣わし気に顔を覗きこまれた。いがみ合っている場合ではないと、ルナトリアが焦るような、酷い顔を、ラプンツェルはしているらしい。


 そんな顔、見られたくないと、真っ白になった頭でぼんやりと考える。ラプンツェルは両手で顔を覆った。話そうとしたが、歯の根が合わず、うまく話せない。何度か試みて、やっと言った。


「なんでもない……寝不足なの、それだけ。……もう、大丈夫だから……」


 立ち上がったけれど、足がふわふわと浮いているようで、体を支えられなかった。

 倒れかかったところで、大きな体に抱きとめられる。隻眼の騎士が飛び出して来たのだ。厳しい表情で、騎士はラプンツェルに呼び掛けた。


「お妃さま、お妃さま。お気を確かに」

「大丈夫……大丈夫だってば、ちょっと、立ちくらみがしただけ……寝台まで運んでくれる?」


 隻眼の騎士は「失礼いたします」と断りを入れ、ラプンツェルを横抱きにした。おろおろしていたルナトリアは、泣きそうな顔をしてラプンツェルを見つめている。


「……お引き留め致しまして、申し訳ございませんでした。どうか、ご自愛ください」


 悄然として言うルナトリア。隻眼の騎士は一礼すると、速足で歩きだす。隻眼の騎士の腕の中は、荒れ馬の背のように揺れた。


 部屋に戻ると、寝台に横たえられる。すぐにメイドたちがやって来て、ラプンツェルを楽な夜着に着替えさせた。医師を呼ぼうとする隻眼の騎士を、ラプンツェルは止めた。隻眼の騎士は渋ったが、ラプンツェルが頑として譲らなかったので、従わざるを得なかった。


 かん口令を敷き、隻眼の騎士もメイドたちも下がらせる。一人になったラプンツェルは、寝台から起きあがった。しっかりとした足取りで床を踏みしめる。


 窓辺の花瓶から薔薇の蕾を引きぬいた。薔薇を胸の前で握りしめ、ラプンツェルは泣き崩れた。


 父が死んでいた。家族を裏切っていた。罪悪感が竜巻のように、ラプンツェルの心を滅茶苦茶にする。


「お父さま……ごめんなさい、お父さま……ごめんなさい、ヒルフェ、みんな……!」


 ラプンツェルはひたすら謝罪の言葉を繰り返す。炎に巻かれた高い塔。家族の骸。ひどい怪我をしたヒルフェ、リーナ、アンナ。深紅に燃える記憶がラプンツェルの心を燃やしつくそうとする。


 ラプンツェルは涙が枯れるまで泣いた。心の燃え滓に燻っているのは、怨念でしかない。


 許せない。ニーダーが許せない。それよりも、許せないのは自分自身だ。


 どうしてだろう。あんなに大切な家族のことを、どうして忘れられたんだろう。夢うつつにゴーテルを見て以来、ラプンツェルの心には、あさましい自愛しかなかった。


 ラプンツェルは、ニーダーの愛を償いにしようとしていた。けれど、そんなものでは、償いにならないのだ。犠牲になったのは、ラプンツェルではない。ラプンツェルの家族だから。


(復讐しなきゃ!)


 叫んだのは、ラプンツェルだった。胸の奥で気を失っていた、本来の自分自身だ。


 復讐しよう。そう決意した時、愛しいゴーテルの約束の意味が、ようやくわかった気がした。


 憎んだまま、ニーダーの子を産むこと。ニーダーの愛を受け入れること。それこそ、ラプンツェルにしか出来ない復讐なのだ。


(愛でニーダーを支配する……私がニーダーの全てになる。そして、ニーダーが家族の皆の命を奪ったように……私はニーダーから全てを奪う)


 その為に生き延びた。


 胸に抱いた薔薇の蕾に、血の涙が滴り落ちる。赤く濡れた薔薇が、僅かに綻んだような気がした。


 ラプンツェルは笑っていたのだ。やっと、自分を取り戻した。


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