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愛憎のラプンツェル  作者: 銀ねも
第四話 朦朧
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対峙する

「申し訳ございません」


 鈴を振るようなルナトリアの声は、背後から聞こえる。辛うじて、肩越しに振り返るような真似はしない。ルナトリアに不嗜みだと思われずに済んで良かった。


 ルナトリアは氷の上を滑るように、ラプンツェルの前に回りこんで来た。てろんとした、シルクサテンの白いドレスの裾を摘まみ、軽く持ち上げてカーテシーをする。うららかな日射しと蔦薔薇の斑な影のなかにいるルナトリアは、クリーム色と桃色の水中花のようだ。ただし今日も、極端に露出を嫌い、顔には白粉を塗りたくっている。ルナトリアがうっとりするような微笑みを、白塗りの顔に咲かせると、口元と目尻にひびが入る。


「お初にお目にかかります、お妃さま。ガーダーモン・ルン・ルース公爵が妻、ルナトリアです」

「知ってる。悪趣味なことに、覗き見ていたから。なにもかもわかってる。あなたが私に見せつける為に、ニーダーとの密会にこの場所を選んでいたことも、昨日、私が来てることに気付かないふりをしていたことも。だから、もういいよ」


 開口一番、席も勧めずにあてこすった。ルナトリアには、親切に接することが出来そうにない。暗に、立ち去るように促す。ルナトリアは畏まって目を伏せたが、立ち去ろうとしなかった。


「お怒りはご尤もです。ですが、どうか最後までお耳をおかしください。わたくしは、なにもお妃さまを侮り、欺こうとしたわけではないのです。お妃さまに陛下の真心をご理解頂くには、ありのままの陛下のお気持ちをお聞かせするしかないと思い、一計を案じました。……お察しのこととは存じますが、陛下は何もご存じありません。わたくしが勝手にしたことです」

「だから? 私は別に怒ってないよ。あなたを咎めるつもりもない。そもそも、私にそんな権利はないしね。好きに仲良くしていてよ。あなた達はもともと、とても仲が良かったんでしょ」

「恐れながら申し上げます、お妃さまはお心得違いをなさっておいでですわ」


 ラプンツェルはテーブルについている小鳥の足跡から、ついと目線を上げた。ルナトリアは殊勝な態度をとってはいるが、堂々とラプンツェルに意見をしてくる。たおやかでいながら、肝が据わっていると見える。


「陛下は一途にお妃さまを想ってらっしゃいます。わたくしは僭越ながら、陛下の相談役をお任せ頂いたに過ぎません」

「相談役で、幼馴染で、親友なんでしょ。わかってるってば。なにも勘違いはしてない」

「幼少のみぎり、お相手をさせて頂いたこともあり、恐れ多くも忠実な友として、昔と変わらぬご厚情を賜っております。そのことで、馴れ馴れしい無礼な女とお思いになられたのでしたら、陛下のお優しさにつけこんだ、わたくしが悪いのです」


 ルナトリアは刑を執行された囚人のように肩を落とす。どうにも、話がかみ合わない。ラプンツェルはやれやれと、肩を竦めた。


「ニーダーは悪くない、悪いのはあなた。さっきから、あなたはそう繰り返すけど……私は誰のことも、責めるつもりはないのよ?」

「でしたら、何故、陛下のお気持ちを粗末になさるのですか」


 ラプンツェルは、おや、と思った。慇懃な姿勢を崩さなかったルナトリアが、はっきりとラプンツェルを非難した。ろくに目もくれなかったので、わからなかったが、よく見れば、優しく湾曲していた柳眉がややつり上がっている。


 あらわれているのは敵意だ。曲がりなりにも妃であるラプンツェルが相手側だと言うのに。ルナトリアは肝が据わっているどころか、頭が少しおかしいらしい。

 ラプンツェルは肘掛に凭れかかってあくびを噛み殺した。落ちかかった長い髪を掻き上げ、ルナトリアを上目づかいに見やる。


「ニーダーはあなたに泣きついたってことね。……情けないひと」

「いいえ、お妃さま。陛下は何も仰いませんでした」


 ラプンツェルは、ひょいと眉を持ち上げる。意地悪な笑みが、唇の端にひっかかった。


「様子を見るだけで、ニーダーが私に苛められたってわかるんだ。すごいじゃない。以心伝心ね。あなたがニーダーと夫婦になれば良かったのに」

「なんてこと……陛下はお妃さまを愛していらっしゃるのですよ」


 ルナトリアは青ざめ、よろめくように、後ずさりする。残虐非道を行った怪物を見るような目が向けられた。それは本来、ラプンツェルが向けられるものではない。向けられるべきはニーダーだ。

 ルナトリアの認識は紙きれのように薄っぺらだから、それがわかっていない。ラプンツェルは深く眉根を寄せた。


「私は嫌い。ニーダーにもそう言ったの。それでもいいって、言ったのはニーダーだよ」

「そんな……なぜです? あんなにも大切に想われていて、なぜ、陛下を嫌うことが出来るのですか?」


 ラプンツェルは失笑した。お話しにならない。ルナトリアは何も知らない。

 適当にあしらって追い払ってしまうべきだ。けれど、絶対悪と決めつけられ、詰られて、平気な顔で受け流すことが、ラプンツェルには出来なかった。ラプンツェルはルナトリアを打擲するように一瞥した。


「鞭で打たれて、殴られて、蹴られて。髪を鷲掴みにされて、引き摺り回されたら、誰だって嫌いになると思うけど」


 言い捨てて、ぷいっと顔を背ける。ルナトリアのことだ、戯言だと決めてかかって、信じようとはしないだろう。証拠を見せてやりたいが、生憎と、苛烈な虐待の爪痕はきれいさっぱり消えてなくなった。


 ルナトリアの視線が、露出した肌に刺さる。それらしき痕跡を探していたのだろう。ルナトリアは瞑目して、微かに首を横に振った。


「お妃さまは、本当にお綺麗でいらっしゃいます。未踏の新雪のようなお肌です。大切に、慈しまれた女性だけの、幸せの象徴で御座いますわ」


 これは賛辞ではなく、嫌味だろう。ラプンツェルは思いっきり顔を顰めた。こんなことなら、思わせぶりに肌を隠すドレスを着ていたら良かった。脱いだら痣と傷だらけなのよ、とても見せられないけれど。なんて言えるように。


 ルナトリアの度肝を抜く想像をしてほくそ笑んでいると、ルナトリアが突然、ドレスの袖で顔を擦りだした。肌が剥がれてしまいそうなくらい、ごしごしと強く擦っている。ラプンツェルは目を白黒させた。いったい何がはじまったのか、わからない。


 いいだけ顔を擦りまくったルナトリアは、脅かすような勢いで、ラプンツェルに顔を向けた。


「ご覧ください。本物の暴力とは、このような醜い爪痕を残すのです」

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