醜態
「こんなもの、いらない!」
花束は鞭のように、ニーダーを打ち据えた。純白の花弁が舞い散る。ラプンツェルは激情にかられて、何度も何度も、花束を振り下ろした。
「いらない、いらない、いらない!」
花弁が血のように飛び散る。ラプンツェルが起こした風でふわりと舞い上がり、床に積もった。血だまりのように。
ニーダーは愕然として、散っていく花弁を目にうつしている。茎が根元から折れて、ぽとりと落ちた一輪の薔薇の蕾を、掬うように両手で受け止めた。
ラプンツェルの怒りが、頂点に達した。
「いらないっ!」
ニーダーの横面に、力任せに叩きつけた花束が、床に落ちた。それはただの、緑色の茎の束になっていた。
一生懸命つくった花束を、こめただろう真心を、蹂躙されたニーダーは呆然としている。憐憫の情を誘うその姿は、ラプンツェルの体を、得も言われぬ愉悦となって突き抜けた。
耳を劈くような静寂が訪れる。ラプンツェルは腰を抜かしたようになって、椅子に座り込んだ。ラプンツェルが息を調えていると、ニーダーがほとんど吐息だけで囁いた。
「……なぜ……」
項垂れたニーダーの表情は見えない。ラプンツェルは奇妙な高揚のまま、ぞんざいにニーダーの顎をとり、顔を上向かせた。
怒りという灼熱を孕んだ氷の双眸が、ラプンツェルを射ぬく。ラプンツェルは火に触れたように、手をひっこめた。骨の髄に叩き込まれた、ニーダーに対する恐怖がじわりと染みだす。
しかし恐怖は、愉悦と混じり合い、変質していった。ラプンツェルは気がつけば、けたたましい笑い声を立てていた。
「そう、その顔だよ。怒りに歪んだ顔、とても、あなたらしい! ご機嫌とりの為の作り笑いなんか、しないでよ。虫唾がはしるんだから!」
哄笑する。何かがおかしいことは、わかっていた。本来の自分ではない、醜悪な生き物になってしまっている。わかっていても、傷心のニーダーを眺めていると、愉快で、恍惚としてしまうのだった。
これは、初めての感覚だろうか。違う気がする。自覚はなくとも、ラプンツェルはこの愉悦を、知っていた。
ニーダーは右手で顔を覆い、項垂れたままじっとしている。烈火のごとく怒り狂っているだろうに、理性の手綱を手放そうとしない。ルナトリアがそうさせているのだ。
「私は、どうしたら良いのだ」
ニーダーは呻いた。ラプンツェルはぴたりと笑うのをやめる。唇の端を吊り上げて、冷然とニーダーの頭顱を見下ろした。
「やめて欲しいの、うわべだけの言葉は」
「そんなこと……」
「くだらないおしゃべりより、するべきことがあるんじゃない?」
ラプンツェルは軽やかに立ち上がると、ニーダーの肩に手をかけ、膝の上に乗り上げた。
ニーダーの体はかたく、とても熱かった。よくわからない感情に突き動かされていたラプンツェルは、我にかえり、怯みかける。
やめようとした。しかし、ラプンツェルは自分以上に、ニーダーが怯んでいることに気がついた。ニーダーの表情から、はっきりと怯えが見て取れる。
その衝撃たるや、ラプンツェルの躊躇いを吹き飛ばすには、十分過ぎた。
ラプンツェルはニーダーを突き飛ばした。逞しい上体が、簡単に倒れてしまう。ニーダーは肘をつき、すぐさま上体を起こそうとするのだが、腹に馬乗りになったラプンツェルが上体を倒した為、中途半端な体勢のまま、動けなくなった。
ニーダーの頬を両手で優しく包む。ニーダーの顔からは、血の気が引いていた。青白く、肌は冷たい。はくはくと、唇が空気を求めるように動く。額を合わせると、唇が触れあいそうになった。
「ラプンツェル?」
ニーダーの呼気を唇に感じる。くすぐったさに首を竦めたラプンツェルは、甘くとろけるように、ニーダーを誘った。
「私はあなたの妻。然るべき関係になりましょ」
ニーダーが瞠目する。ラプンツェルはにんまりと笑った。
ラプンツェルがニーダーの傍にいる理由は唯一つ。ニーダーの子を産み、ゴーテルの望みをかなえることだ。ニーダーと、その唯一人友人とやらの楽しい恋愛ごっこに、付き合う為ではない。