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愛憎のラプンツェル  作者: 銀ねも
第四話 朦朧
38/227

まやかし

 ***


 雲ひとつない空に満月が架かる、明るい夜だった。耳を澄ませば、瞬く星の物語が聞こえてきそう。饒舌な静寂に、ラプンツェルはひたっていた。高い塔に居た頃のように、窓辺に椅子を置いて、開け放った窓から外を眺めていた。


 高い塔には無礼にも、窓から闖入していたニーダーは、この城では礼儀正しく、扉をノックしてから入室して来る。夜の挨拶も、ちゃんとして。


「こんばんは」


 ラプンツェルは振り返らない。もちろん、挨拶も返さない。怒り心頭に発したニーダーが、ラプンツェルの長い髪を引っ掴み、椅子から引き摺り下ろした矮躯に馬乗りになって、滅茶苦茶に拳を振り下ろしても、おかしくなかった。


 ところが、ニーダーはそうしない。ルナトリアの薫陶の賜物だろう。

 ニーダーは優しく、ラプンツェルに訊ねた。


「不自由はしていないか?」


 ニーダーは、彼に出来る精一杯の心遣いが功を為したのか、不安に思っているようだ。そのように振る舞うように、ルナトリアから入れ知恵されたのだろう。


 ラプンツェルは窓を閉めた。気だるく頬杖をつく。視線を彷徨わせていたニーダーが、覚悟を決めて近づいて来る様子が、窓硝子に映り込んでいる。ばかばかしい大きさの花束を抱えているので、正面からはニーダーの口元が見えない。


 その異様さに目を見張り、ラプンツェルは訊いた。


「それ、どうしたの?」


 ニーダーは目を瞬かせた。疑わしい、とぼけた仕草があざといと思う。


(目から鼻に抜ける切れ者の癖に、鈍感なふりなんてして! 初心を装って、世間知らずの小娘の気をひこうって言うんでしょ。ありきたりで面白くない筋書きだね、ルナトリア)


 ルナトリアが監督したであろう、ニーダーの立ち振る舞いはいちいち、ラプンツェルの癇に障った。


 ニーダーはいそいそとラプンツェルの隣に回り込む。ラプンツェルが花束に興味を示したことが嬉しいのだと、言葉にしなくても目が雄弁に物語っていた。


「庭園の薔薇で花束をつくった。庭師ではなく、私が」


 ずいっと押しつけられた花束を、ラプンツェルは顔を顰めて押し返す。ニーダーは辛そうに目を伏せると、もたもたと床に跪いた。


 そんなことまでするのかと、ラプンツェルは目を瞠る。気が動転して、花束を受け取ってしまった。ニーダーの微笑に、ルナトリアのしたり顔が透けて見える。


 悔しくて、ラプンツェルは唇を噛みしめた。咲き具合もまちまちで、大きいだけの、不格好な花束を抱えて、ひどく惨めな気持ちになる。


 花のくびを折って、腑抜けた顔に投げつけてやろうか。茎を握ったとき、僅かな凹凸に気がつく。刺を抜いたあとだ。ラプンツェルは半信半疑で訊いた。


「あなたが? この薔薇全ての刺を抜いたのも?」

「そうだ」


 ニーダーの返答は、得意気だ。ラプンツェルは、ニーダーの手元に目をやった。苦労を知らない手は白い手袋に包まれている。もしかしたら、指を傷つけたのかもしれなかった。塩気の強い血の味を思い出す。


 ニーダーは、自信満々でラプンツェルの好意的な言葉を待っている。傲慢で無邪気なニーダーに、ラプンツェルは軽侮の眼差しをさしむけた。


「笑える」

「では、笑ってくれ」


 鼻あしらいされたニーダーは、動揺も狼狽も見せない。真剣な表情で、花束ごとラプンツェルを抱えるように腕を回した。唇の端が引き連れる。頬を痙攣させながら、ニーダーは難しそうに言った。


「この世界で一番素晴らしい、君の笑顔が見たい」


 ルナトリアの入れ知恵だ。柔らかい笑顔で、褒める。褒めて良い気分にさせて、浅はかな小娘を誑し込む、技術なのだ。


 ラプンツェルの目の前が、真っ赤に染まった。沸騰した血潮が体を駆けあがる。ラプンツェルは椅子を蹴飛ばすように立ち上がった。ニーダーの頭めがけて、花束を振り下ろす。

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