恋愛指南3
「陛下の御心のままに」と素直に頭を垂れつつ、ルナトリアは釈然としないようだった。
「ですが、陛下……わたくしにお気づかい頂かずとも……」
「君の為ではない。私が嫌なのだ。目の前の女性に他の女性を重ねるのは、不誠実だと思う」
「まぁ……陛下……」
ニーダーは顎に手をあてると、爪先のあたりに視線を落とした。落ち着きなく、ゆらゆらと左右に振れるニーダーの爪先に、ルナトリアはあたたかな瞻視を向けている。
ややしばらくして、ニーダーはルナトリアのまろやかな微笑を見返した。喉の閊えをとるように、二度咳払いをして言う。
「君の柔らかな微笑みはこの世の人ならぬ美しさで、誰をも虜にする。その魅力は百言を尽くせども、語り尽くせぬ。君は素晴らしい女性だ」
気障な台詞と、それを口にしたニーダーの、決闘に臨んでいるかのような険しい顔が、ちぐはぐだ。とても奇妙に感じる。
そんなニーダーと、ルナトリアの視線の鍔せり合いは、にこやかなルナトリアに軍配があがった。先に目を逸らしたニーダーの耳が赤い。
「……こういう言い方で、敬意を十分くみ取ってもらえるだろうか」
ニーダーは、生殺しにされて居たたまれなかったのだろう。そんなことはお見通しだと、ルナトリアの微笑が告げていた。ルナトリアは両手を合わせて、晴れやかに言う。
「お上手ですわ。常日頃、気持ちのいい笑顔を心がけおりますから、お褒めに預かり、とても嬉しく存じます。女性に限らず、自信をもっているところや、努力をしていることを誉めて頂けると、嬉しいものです。陛下は目のつけどころが鋭くていらっしゃいますわ」
ルナトリアはニーダーをよいしょよいしょと持ち上げて、褒めちぎった。嫌味に感じさせずにそうすることが出きるのは、ルナトリア独特のおっとりとした雰囲気のなせるわざだろう。
照れ隠しなのだろうか、ニーダーの顰め面がますますひどくなる。ルナトリアは、そんなニーダーを見て、率直に指摘した。
「笑顔をお褒め頂いて、このようなことを申し上げるのは、心苦しいのですが……陛下。お顔が少々、怖いです」
「この顔はもとからだ」
ニーダーが憮然として唸るが、ルナトリアは悪びれずに続ける。
「お顔立ちが精悍でいらっしゃいますから、意識してお顔をやわらかく解されるとよろしいでしょう。お優しさを、もっと表情にお出しください。陛下はわたくしが知る殿方の中で、一番、可愛らしく微笑まれるお方ですよ」
優しいだの、可愛いだの。ルナトリアは、ニーダーから最も遠いところにあるような褒め言葉を、ぽんぽんと繰り出す。不調和が甚だしくて、ラプンツェルは軽い眩暈をおぼえた。ニーダーは苦笑いしている。その苦味がきつかった。
「私をつかまえて、そんな世迷言を言えるのは、ルナ。君くらいのものだぞ」
ニーダーが何気なく発しただろう言葉に、ルナトリアは過剰に反応した。目をみはり、小さく開いた唇を両手で隠す。
ニーダーは不思議そうにルナトリアを観察していたが、やがてはっとした。「ルナ」と愛称で呼んだことに、気がついたのだ。
「これは失礼した、ルナトリア夫人。……君と話しているとつい、昔の癖が出てしまう。いかんな」
かたちの良い額を押さえ、ニーダーはやれやれと溜息をつく。
ルナトリアはニーダーの独白めいた言葉にすかさず、いいえ、と応じた。話を締め括ろうとしていたニーダーが、心外そうに眉をひそめる。
ルナトリアは返す微笑みに、上面だけではない、食い込むような情感をのせていた。
「こうしていられる時だけ、懐かしいあの頃に立ち返っても、よろしいのではありませんか」
二人はきっと、子供のころ、とても仲の良い友人だったのだろう。ルナトリアが思い返す『あの頃』は、彼女のなかでは今もなお、眩く光輝いているのだ。思い出にすがりつくような、切実な様子すらある。
ところが、ニーダーはルナトリアの方を見ずに、軽く笑い飛ばしてしまう。
「戻って何とする、おてんばな『ルナ』と泣き虫の『殿下』に。芋虫を掌にのせた君に追いかけ回されるなんて、二度とごめんだ」
ルナトリアと違って無頓着なニーダーは、特別な郷愁に惹かれてはいないようだった。そもそも、ニーダーに感じやすい心があるのか、怪しいものだとラプンツェルは思う。
ルナトリアは俯いた一瞬、笑みを消していた。ぎこちなく上げた顔の、取って付けた笑顔に疑問をもたずに、ニーダーは気楽に言った。
「君は間違っても、私を『殿下』とは呼ばないな」
「不敬罪にあたりますわ」
ルナトリアは切り詰めた言葉で答えると、何事もなかったように、恋愛指南に戻った。
二人はいくつかの問答をした。苦み走ったニーダーの横顔を見つめて、ルナトリアは少し目尻を下げる。
「緊張してらっしゃいますね」
目敏いルナトリアの気遣いに、ニーダーは薄く微笑む。背凭れにもたれ掛かり、目頭を揉みながら言った。
「場所を変えないか。ここは落ち着かない」
「あら、なぜでしょう? こちらの東屋は実に素晴らしくて、わたくしはとても好きなのですが」
「……この庭園は妃の為のものだ。妃の目があるかもしれぬ」
ニーダーは長い腕をするりと伸ばすと、手慰みに、白薔薇の花弁をそっと撫でた。ラプンツェルは自分が同じように薔薇の花弁に触れているのに気が付いて、振り払うように手を引っ込めた。
薔薇を愛でながら、ニーダーは暗く笑っている。
「この歳にもなって、女性の扱いを心得ず、あまつさえ夫人に教えを仰ぐ等、とんだお笑い種だ。妃は幻滅するだろう。そうでなくとも、私は嫌われている」
「そうでしょうか?」
ルナトリアは毅然として言い、ニーダーの自虐を遮った。はしばみ色の目が、白薔薇の生垣をざっと見渡す。ラプンツェルの隠れる生垣にも視線が流れて来て、ラプンツェルはさっと陰に隠れた。白薔薇が揺れたが、ルナトリアは風の仕業と思ったようで、不審に思われずに済んだ。
きょとんとしているニーダーに視線を戻し、ルナトリアは言葉を紡ぐ。
「わたくしがお妃さまならば、陛下のひたむきなご尽力に感動します。幻滅などいたしません」
ニーダーはまじまじとルナトリアを凝視していた。無遠慮な視線を咎められる立場ではないので、ニーダーは気が済むまでルナトリアの顔を、食い入るように見つめる。
そして、ぷっと、噴き出した。
「ふふ、ははは……君のように奇特な女性の意見は参考にならん」
「まぁ、陛下」
そう言いながら、ルナトリアもくすくすと笑った。二人はまるで子供のように、楽しそうに笑いあっていた。
ラプンツェルは離れたところから、仲睦ましい二人を、ただただ見ていた。




