表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛憎のラプンツェル  作者: 銀ねも
第三話 疲弊
31/227

思惑

 ニーダーは拳を解き、ラプンツェルの頬をふわりと包んだ。ゆるゆると首を横に振るのを視界の端にとらえる。


「君を壊しはしない」

「そうしなければ、あなたは愛されない」

「君が君でなくなっては、意味がない」

「私の正気に、それほど価値はないと思うけど。心が壊れてあなたを愛するようになっても、私は私でしょ?」

「君の心を殺せるわけがないだろう!」


 ニーダーが苛立ちも露わに叫んだ。真摯な気持ちがこめられていることが伝わってきたけれど、ラプンツェルは辛辣に皮肉った。


「何を今更。高い塔の家族が殺されたとき、私の心も半分、殺されたようなものだわ。……いいんだよ、別に。私、このところ、ずっと死にたかったの。あなたといることに、もう、耐えられそうにないし」


 ニーダーの顔がさっと青ざめる。虚ろな青い双眸が見開かれた。


「いやだっ!」


 断末魔めいたニーダーの叫びが、ラプンツェルの肌をざわめかせる。ニーダーの体が、支えを失ったかのように倒れ込んできても、ラプンツェルは逃げを打てなかった。

 大きな体に押しつぶされる。苦しみもがき、肩を掴んで押し返そうとするけれど、ラプンツェルを掻き抱くニーダーの力が強過ぎた。ラプンツェルは鋭く声を尖らせて抗議する。


「っ、ニーダー、ちょっと、あなた……!」

「死んじゃだめだ!」


 抱きつぶさんばかりにラプンツェルを抱きしめて、ニーダーが喚いている。


「嫌いでもいい、傍にいて欲しいんだ! こんなところに、僕をひとりで、置いていかないで……」


 語勢が弱まるに従って、腕の力も失せていく。ニーダーに抱きすくめられたまま、ラプンツェルも脱力していた。


 これは、どういうことだろう。あのニーダー・ブレンネンが、たかが小娘に過ぎないラプンツェルに、泣いて縋りついているなんて。


(こんなところに、ひとり置いていかれて、怖かったのは……私なのに)


「……わたし、あなたが憎い。生きている限り、あなたの不幸を願い続ける」


 ラプンツェルがそう言うと、ニーダーがのそりと頭をもたげた。いつもの、氷を掘ったような微笑が、今は見る影もない。泣き腫らした、酷い顔をしている。


 ラプンツェルはごく自然に手を伸ばした。ニーダーの銀髪に触れる。髪質は思っていたよりも繊細で柔らかい。


(体温も高くて、毛も柔らかくて……立派な獅子なんかじゃない。目ヤニをつけてみーみー鳴いている、親に捨てられた子猫みたい)


 自分の発想がおかしいとは思わなくもない。けれどラプンツェルには、恥も外聞もなく、ラプンツェルを求めるニーダーが、甘ったれた仔猫のように思えてならなかった。


 ニーダーは母親を自殺で亡くしている筈だ。そのことと、ラプンツェルに対する執着は、何らかの因果関係をもつのかもしれない。


(名王が聞いて呆れる)


 ニーダーを軽蔑する心と裏腹に、ラプンツェルは母のように優しく、ニーダーの髪を撫でていた。


 小首を傾げるニーダーの子供じみた仕草に、ラプンツェルは心ひそかに苦笑する。ニーダーの目を真っ直ぐに見詰め、ゆっくりと彼の首に両腕を回す。


 ニーダーは身構えることなく、ラプンツェルの抱擁を受け入れている。ラプンツェルが豹変して首を絞めても、ニーダーなら振り解くことなど容易いだろうから、それほど警戒する必要はないのかもしれない。でも、そんなことが理由ではない。ニーダーは無防備なのだ。ラプンツェルが自ら、ニーダーに手を伸ばしたことが嬉しくて。


 ラプンツェルは微笑み、ニーダーの耳元で囁いた。


「そんな女でいいのなら、あなたの傍にいるわ」


 その時のニーダーの顔と言ったら、傑作だった。見知らぬ街の雑踏で、ようやく母親を見つけた迷子のそれだった。


 大きなこどもの頭を抱いて、ラプンツェルは凄惨な笑みを唇に刷いた。


(あなたの幼稚な愛とやらを、私の愛の為に、利用してあげる)


 夜は静かにふけていく。ニーダーの安らぎを嘲笑いながら、新しい朝が訪れる。


次回から蜜月編です。ニーダーがデレデレします。ラプンツェルは、ニーダーが気持ち悪くてツンツンします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ