虚しい問いかけ
ニーダーによって、ラプンツェルは体をひっくり返された。長い髪を鬱陶しそうに掻きわけて、ニーダーはラプンツェルの背中に触れる。
焼き鏝のように熱かった。ニーダーの掌のかたちが、火傷として残ってしまいそうだ。
ニーダーは押し殺した声で呻くように言う。
「君は綺麗な背中をしていた。未踏の雪原のような。……それを、こんなにして。こんなにしてもまだ、私は愛されないのか」
ラプンツェルは引き攣れた呼気を漏らし、枕に顔を埋めてニーダーの苦言を黙殺した。
(好きにすればいい。この体はあなたにあげる。好きなようにすればいい)
ニーダーの指先が、新しい傷を辿る。憤激しているようで、生傷に爪をたてられた。ラプンツェルは息を殺して、無抵抗という拒絶を続ける。背にニーダーの焦りを感じた。
ニーダーの手が背筋を伝い、項に触れる。ラプンツェルには、蟲が這いあがっているように感じられた。肌が正直に泡立つのがわかった。ニーダーの乾いた嘲笑が耳に届く。
「こんなに鳥肌をたてて。私に触れられるのが、そんなに嫌か。さては、鞭が欲しいんだな? まったく、懲りないね、君も。それとも、この無礼な皮膚の泡立ちをナイフで一粒一粒、削ぎ落すほうが、好みに合っているか?」
つうっと肌を撫でるニーダーの手が、ナイフのようだった。震えないように、枕に縋りついて耐える。
「いや、まてよ」ニーダーは言った。妙案を閃いたと弾む声は、わざとらしく、冷徹だった。
「鞭にはもう飽き飽きしたのだろう。バカの一つ覚えで、退屈させてすまなかった。次からは「猫の爪」を使おう。知っているか? その名の通りの道具さ。肌を切り裂き、力をこめれば臓腑を引き摺り出すこともできる。どうだ、これで当分、君を飽きさせないよ」
ラプンツェルは唇を噛んだ。
意地を張っても、さらなる苦しみが待つだけ。そうほのめかして、ニーダーはラプンツェルを絶望に追いこもうとしている。耐えても、耐えても、より深みに嵌るのだから、屈服してしまえと、誘っている。与えられた痛みに泣き叫ぶ間より、次の痛みに怯える間の方がずっと辛いことを、ニーダーは経験則で知っているのだろう。
ニーダーはやると言ったら、やる。手をかえ品をかえ、やり通す。怖くて怖くて、ラプンツェルはどうにかなりそうだ。
(はやくこの頭が、どうにかなってくれることを願うばかりね)
ラプンツェルが投げやりにひとりごちると、ニーダーは矢庭にラプンツェルの髪を掴み、引き上げた。ぶちぶちと、髪が抜けて行く。頭皮を剥がしてしまいかねない、遠慮の無い力に恐れをなして、ラプンツェルは上体を仰け反らせた。
すかさず、ニーダーの手がラプンツェルの喉を扼する。震える耳に齧りつき、ニーダーは言った。
「まだダメか。ならば次は水責めだ。腹がぱんぱんになるまで漏斗で水を飲ませ、腹を踏みつけ吐き出させる。これは苦しいぞ。それでも強情を張るなら、その次は火だ。灯し油を肌に塗り、蝋燭の火で焼いてやる。私はその火で、葉巻を嗜もう。お前の肌で火をつけ、舌の上に灰を落とすのだ。名案だろう? それでもダメなら、吊るし落としでその身を砕き、引き伸ばしで手足を引っこ抜いてしまおうか。私を愛するまで、君を徹底的に痛めつける」
ニーダーは立て板に水で捲し立てたが、ラプンツェルはその半分も理解出来なかった。呼吸が苦しく、恐怖に胸がつまる。
ふとしも、ニーダーの手から力が失せた。寝台の上に倒れ込むラプンツェル。痛みを堪えながら肩越しに振り返ると、ニーダーは右手で顔を覆って項垂れていた。
「やがて、君は耐えられなくなる。……君は、その華奢な身体を炎に委ね、窓から身を投げて死ぬ! そうなったらもう、取り返しがつかない!」
ニーダーは素早くラプンツェルに躍りかかり、竦んだ矮躯を抱きしめた。呆気にとられるラプンツェルの旋毛に鼻先を寄せて、ニーダーは弱弱しく頭を振った。
「……教えてくれ、ラプンツェル。いつになったら、どうしたら……私を愛してくれる?」